レスリングの全日本選手権は東京・駒沢体育館で23日に最終日を迎え、注目の女子57キロ級では五輪4連覇の伊調馨(34=ALSOK)と16年リオデジャネイロ五輪金メダリストの川井梨紗子(24=ジャパンビバレッジ)が決勝で対決する。22日の予選リーグでも両者は激突。国内では史上初の五輪覇者同士の対戦は、2-1で川井に軍配が上がった。では、注目の第2戦はどのような展開が予想されるのか。第1戦の駆け引きを両陣営の証言からひもとき、展望してみる。まずはあらためて、予選での対戦を振り返る。

<試合展開>

開始とともに中腰で頭を突き合わせ、組み手争いが展開された。4年ぶりの対戦で、過去は伊調の3戦全勝。この日は前さばきにうまさを発揮する川井がじりじりと前進し、両手を中から外から、握って切ってを繰り返す。最初の動きは42秒。伊調が消極的とみられパッシブを受けた。そこからも流れは同じ。1分35秒に再びパッシブが出て、伊調に30秒間のアクティブタイム(AT)を与えられた。30秒間で両者にポイントがない場合は相手に1点が与えられるルール。ここでも展開は変わらず、川井が1点を先制した。

折り返した第2ピリオドも組み手争いから川井の優勢。47秒で3度目のパッシブが伊調に与えられ、再び30秒間でポイントを挙げられず、2-0に。ここからいったん膠着(こうちゃく)状態に入るが、終盤に伊調が盛り返す。1分42秒、2分13秒と連続でパッシブが川井に与えられると、初めて両者に大きな動きが出たのは残り20秒。伊調が片足タックルを仕掛けて、これを川井が踏ん張って回避した。その直後に30秒間のATが終わり、2ー1となり、試合終了を迎えた。

<伊調サイドの展望>

リオ五輪後の長期ブランクを経て10月に復帰戦を戦ったばかり。陣営が不安材料にしていたのが試合勘だったが、手応えは十分にあった。田名部力コーチは「上出来。もっと苦戦すると思った」と振り返る。

実際、11月の代表合宿では2人のスパーリングが行われたが、伊調は川井に場外間際まで追い込まれる場面もあった。組み手争いで不利になり後退する流れは同じでも、予想外に抵抗できた。練習量も上げてきており、同コーチが「7割」という状態でも明らかな劣勢にはならなかったことは収穫だった。

帯同している中学時代の恩師、沢内和興さんは「最初はあえて誘っていたのかもしれない」と言及した。返し技に抜群の威力を持つだけに、試合開始直後からの後退は、あえてタックルをさせる動きだったのは、という見立てだ。そして、先のスパーリングではタックルに入った川井を伊調がつぶす場面があったため、「怖くてなかなか入ってこれなかったのでは」と読んだ。

伊調はその後2試合を戦い決勝に駒を進めた。この間、試合が終わるごとにコーチ陣と1つ1つ、技術の確認を徹底した。沢内さんは「本人は分かっているけど、なぜかできない動きがある。それを1つ1つ直していった。試合勘の問題だから、試合を重ねるたびに良くなったね」と認めた。

では、1日おいての再戦となる決勝の鍵は? 沢内さんは「最初のパッシブで失点するのはしょうがない。そこから逆に相手にパッシブを与え、同点にできるかでしょう。そうすれば、ラストポイントで馨が優勢になるので、相手は攻めてこないといけない」。タックルを仕掛けることはバランスを崩すこと。膠着(こうちゃく)状態が崩れることで、返し巧者の伊調に好機が生まれると見た。田南部コーチは「攻めさせる」とも明言している。試合を重ねた手応えを支えに、初戦とは異なる攻めの姿勢がみられそうだ。

<川井サイドの展望>

組み手争いで有利に立つのは想定通りだった。そこから相手にパッシブを与えて得点を得ることも想定内。所属のジャパンビバレッジの金浜良監督は「押せるのは分かっていた。梨紗子が主導権を握っていた。パッシブを与えていく流れだと、伊調が動かざるを得ない」と説いた。直前合宿のスパーリングを見れば、伊調の得意の組み手にさせない自信もあり、実際に試合でもそうなった。無理に川井がタックルに出る必要はない。

練習拠点にする至学館大の谷岡育子学長は「体力的に梨紗子が押せると思っていた」と述べた上で、初戦を制した精神面の効果に触れた。過去は3戦全敗。最後の対戦が4年前で、そこから川井は五輪女王になったとは言え、あこがれの先輩の強さを痛感してきた。スパーリングで有利に立ち、試合でも同様に持ち込めたことで、「大きな自信になる」と心理面に期待した。

<まとめ>

初戦は観戦者には動きが少なく、手に汗握る攻防とは言い難かった。それは互いに決勝での再戦、その先の五輪代表争いをにらんで、探り合いの要素が色濃く出たからだろう。互いに消極的と取られても仕方ない、技を仕掛けない駆け引きは、序章的な位置づけと見れば、決勝こそが本番。

勝つために動く、動かないといけないのは伊調だろう。それを陣営も重々承知で、「攻め」を口にする。確かなことは、初戦のように静かな戦いではなく、動きのある攻防が繰り広げられる可能性が高いということだ。