24年パリ五輪のスポーツクライミングで実施される種目「スピード」で今季、飛躍を遂げた新星がいる。

男子で松山大2年の大政涼(20)は、6~7月にかけて日本記録を3度にわたって更新。7月のW杯シャモニー大会(フランス)では決勝へ進み、16位に入った。3月に自身初の5秒台に到達すると、その記録は現在5秒42にまで伸びた。

昨夏の東京五輪は「スピード」「ボルダリング」「リード」を合わせた複合で競われたが、パリ五輪は「スピード」が独立。高さ15メートルの壁を登り切る早さを競う種目で世界に飛び出した男が日刊スポーツのインタビューに応じ、自らのルーツ、五輪への思いを語った。【取材・構成=松本航】

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冷静に言葉を紡ぐ大政の表情に自信がにじんだ。秋のW杯に向け、地元の愛媛を拠点に調整した8月。そこには新たな景色を追い求める、貪欲な姿があった。

「正直ここまでタイムが伸びるとは思っていませんでした。7月にW杯で初めて決勝に残って、周りは今までYouTubeで動画を見ていた選手ばかり。もっともっと上にいきたい気持ちがあふれてきました」

20年に東京五輪代表の楢崎智亜(TEAM au)が日本人初の5秒台を記録した「スピード」。大政も21年4月に練習で5秒台を記録していたが、試合での到達には約1年を要した。

今年5月、韓国・ソウルの地でW杯デビュー。何かが吹っ切れた気がした。

「僕はむっちゃ緊張しやすい。今年になるまで大会で実力が出せませんでした。去年、練習で5秒台を出してから、日本では上位にいた。タイムで相手に勝っていると、攻めるより、守ってしまっていました。でも、W杯は100%でいかないと勝てない。100%でいきつつ、ミスもしないようにできてきました」

6月のW杯ヴィラール大会(スイス)で5秒61の日本新記録を樹立。7月のW杯シャモニー大会で5秒58、国内大会で5秒42とタイムを伸ばした。世界記録はキロマル・カティビン(インドネシア)の5秒00。インドネシアや中国の実力者から、学びは多いという。

「アメリカや欧州の選手に比べて、体形も日本人に似ている。脚の使い方、引き方…。参考になることがたくさんあります。15メートルの壁を登るムーブ(動き)は何種類もある。例えば同じ選手でもホールド(突起物)の踏む位置が少し違うだけで、スピードが変わってきます。練習の方法も代表コーチが学んできてくれて、落とし込んでくれます」

小学5年でスポーツクライミングを始めた大政だが、当時は「ボルダリング」「リード」に取り組んだ。

「元々は体操を習っていました。楽しく運動をしていて、小5で初めてクライミングのジムに行った。簡単なルートでしたが、ゴールまでいった時の達成感が楽しかったです。どんどんとハマっていきました」

初めてスピードの壁に触れたのは、中学2年となった2016年だった。

「最初は遊びぐらいの感覚でした。元々ボルダリングとリードはジャパンカップがあったけれど、スピードは第1回が2019年。その頃から『競技としてもやっていこう』と思いました。今も3種目をやっていますが、今年から特にスピードに力を入れています」

日本において「スピード」は発展途上。大政の場合は幸いにも地元愛媛・西条市に「スピード」を含めた3種目の壁が備わる施設ができ、日常的に技術を磨くことができる。昨夏は東京五輪でスポーツクライミングが初めて採用された。一選手として、胸が躍った。

「ぼんやりとした『五輪』の夢が本気になったのは、東京五輪が終わった時ですね。楢崎智亜選手だったりは、大会の時に間近で見ていた。知っている選手が五輪の舞台に立っていて、感動しました」

今、2年後の大舞台を強く意識する立場になった。

9月にはW杯エディンバラ大会(9~11日、英国)、ジャカルタ大会(24~26日、インドネシア)を控え、世界での挑戦は続く。

「前回のW杯で決勝には残れたけれど、まだまだ安定していない。5秒台前半を当たり前に出せる選手になりたい。パリは出場したいけれど…やっぱりメダルを取りたい。もっともっと自分のタイムを上げます」

目指すは五輪のメダル。「日本記録保持者」の肩書だけで、満足はできない。

 

◆スピード 高さ15メートルの壁をどれだけ早く登り切れるかを競う。ホールド(突起物)の配置はあらかじめ周知されている。W杯の決勝トーナメントは予選上位16人が進出し、1対1でタイムのはやい選手が勝ち上がっていく。コンマ数秒を争うスプリント種目。