フィギュアスケートで日本男子初の世界選手権2連覇を達成した宇野昌磨(26=トヨタ自動車)が14日、都内で競技者引退の記者会見に臨んだ。プロ転向を表明し、周囲の支えに感謝。宇野と同じ愛知で育った日刊スポーツ記者が、小学生時代を思い返した。
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「しょうまくん」が現役生活に幕を閉じる。
当時、小学校高学年の宇野選手は、フィギュアスケートを習う傍ら、浅田舞さん、真央さん姉妹もかつて習っていたという名古屋の中心地・広小路通り沿いのバレエ教室に通っていた。
宇野選手の2歳年下の記者は、当時、ともにクラシックバレエのレッスンを受けており、女子の中に混じる「しょうまくん」の姿は鮮明に覚えている。
いつもレッスンが終われば、小学生の頃は雑談でもしながら帰宅の準備に手をつけるが、宇野選手は瞬間移動かのごとく、斜めがけのカバンを肩にかけて、教室から走り去っていった。
その後、宇野選手のご家族が運転する車に飛び乗り、そのままスケートリンクへ直行していたと聞いた。
「しょうまくん」は、ただストイックなだけではなかった。
フィギュアスケートに向き合うため、発表会こそ出席はしなかったが、バレエ教室の新年会にも現れ、女子生徒の輪に加わって集合写真を撮ったり、プレゼント交換に参加する一面も。講師や生徒との間になごやかにとけ込み、その年の抱負を述べた際には、フィギュアへの意気込みを語っていた。
1分1秒を惜しみ、バレエ教室を飛び出す「しょうまくん」は、小学生の次元ではない視点で競技に向き合っていた。
こんなにストイックだから、文句なしの実績を積み上げられたと思うし、当時から多忙でも、人の輪に入り込む姿が、多くの人の心をつかむ愛嬌(あいきょう)のゆえんだったのか、と考えます。
引退しても、ずっと自慢の地元のアスリートです。【アマチュア野球担当・遊軍=中島麗】


