<阪神4-3広島>◇9日◇甲子園
真弓阪神に23歳のニューフェースが台頭した。5年目の鶴直人投手(23)が今季初先発で6回自責0の好投を見せ、勝ち星こそつかなかったものの、交流戦での先発ローテーション入りを勝ち取った。2年前のプロ初先発で1死も取れなかった鶴は、苦しい台所事情を救う救世主に成長。江夏、井川、藤川と続く「高卒からエース」の道を1歩踏み出した。待望の孝行息子出現で貯金を今季最多タイの7とし、勢いよく交流戦に臨む。
初の甲子園で舞った。鶴の力投93球が、チームの活力になった。先発マウンドは693日ぶり。緊張が高ぶる中の初球、城島の構えたミットはど真ん中だ。思い切って136キロの直球を投げ込んだ。「ブルペンでは緊張しましたけど、プレーがかかったら気にならなくなりました」。フレッシュな鶴劇場の幕を開けた。
右打者の内角をえぐるシュートがさえた。5回に守備の乱れから2-2の同点とされ、なおも2死一、二塁。逆転は許されない場面で小窪を内角低めシュートで詰まらせ一邪飛に仕留めた。その裏の攻撃で代打を出されずに、6回のマウンドまで任された。最後は前田健を二ゴロに打ち取った。期待以上の結果に真弓監督も「この後も先発に入ってくると思います」とローテ入りを約束した。
08年6月15日、鶴は十字架を背負った。ロッテ戦(千葉)でプロ初登板初先発の抜てきを受けたが、1死も取れずに5安打6失点で降板した。防御率は「無限大」のまま2軍に降格した。この日、母みゆきさん(50)だけは、当日の朝まで見に行く予定がなかった。初先発を知った周囲に説得され、急きょ新幹線に飛び乗った。球場に着くと、目の前で繰り広げられたのは惨劇だった。火だるまにされる息子の姿を、両手を顔に当てて指のすき間からでしか見ることができなかった。帰り道に電話が鳴った。「オレは前しか見ていないから」。息子の気丈な言葉に、こらえていたものがあふれ出した。
前を向く息子の前では隠していたが“あの日”から体調を崩した。野球を見られなくなり、脱力感に駆られ、家事がおろそかになることもあった。
2年ぶりに先発したこの日、甲子園のスタンドにみゆきさんの姿はなかった。仕事場であるゴルフ場の仲間から観戦を勧められたが、あえて日常のまま、仕事に励んだ。実は、まだ息子が投げる姿を直に見ることができなかった。1度、本人に告白したことがある。「オレを信じられないのかよ」と怒られた。この日の結果を伝え聞き「6回まで投げられたと言うことが…本当にもう涙が出そうです。これで、次は見に行けると思います」とやっと“前を見る”ことができた。
母の日にたくましく、2年前の悪夢をぬぐい去った。母親を呪縛(じゅばく)から解き放つことができた。プロ初勝利という“バラの花束”も、そう遠くないうちに、目の前の母に届けられそうだ。【鎌田真一郎】
[2010年5月10日11時10分
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