10月29日のプロ野球ドラフト会議で県野球関係から7人が指名されたと報じられていたが、8人目の男がいたことが11月30日までに明らかになった。県内全マスコミが見落としていたのは、磐田農出身で四国・九州アイランドリーグ長崎セインツ所属の松井宏次内野手(24)。楽天に育成1位で指名され、1日に仮契約を結ぶ。その野球人生をひもとくと、紆余(うよ)曲折の連続だった。

 長崎で松井は引っ張りだこだった。長崎セインツから初のプロ入りに、取材攻勢に遭ってテレビに1週間出ずっぱり。広島1位指名の清峰・今村猛投手らと「佐世保の英雄」に祭り上げられた。だが、約800キロ離れた地元静岡には、そんな歓喜は届いていなかった。

 指名から一夜明け、母貴世恵さん(49)が新聞を買い集めると、県勢から「7人指名」の文字。同じ松井姓でも、ヤクルト5位の松井淳外野手(日大国際関係)はあるが、宏次の名はなかった。「落ち着いた後に、磐田農時代の中村悟監督に電話したんです。そうしたら『お前、静岡の新聞に何も載ってないぞ』って。でも、ノーマークで周りに『あっ』と思わせられたなら、逆にうれしいのでいいです。自分らしいし」。我慢が多かったそれまでの野球人生を振り返って出た言葉だった。

 1年夏からレギュラーだった磐田農3年では「打率7割男」として主将で4番を務めた。だが、進学した東海大での起用は3年秋の明治神宮大会だけ。山形・きらやか銀行では活動縮小を通告されて4カ月で退社し、地元掛川で5カ月運転代行業で働いた。それでも野球をあきらめられず昨年所属したNAGOYA23を経て今年、長崎セインツ入りした。貴世恵さんに「1年だけ頑張らせてくれ。もう最後にするから」と頼み込んでの挑戦だった。

 月給は手取り10万8000円で、家賃や食費などでマイナス。シーズン中は25人乗りバスに25人がぎゅうぎゅう詰めになり移動した。それでも「野球しかできない環境がメチャクチャ良かった」。8月、ヤフードームで行ったソフトバンク2軍との交流試合で、MAX152キロの速球派・岩崎から左翼へ本塁打を放ち、プロの目を引いた。「奇跡です。運が良かった」。二塁手でベストナインにも輝いた。本人は「運が良かった」というが、実は楽天は守備力を評価して今季の松井をマークしていたのだった。

 02年5月17日、父勇雄さん(享年45)を肺ガンで亡くした。元ソフトボール選手で野球を教えてくれた父の死を乗り越え、女手ひとつで育ててくれた母への感謝を胸に、プロへ行く。「ぜいたくに慣れていないので大丈夫かな」と笑いつつ「チームの雰囲気をガラリと変える選手になりたい。早くはい上がります」。“忘れられた男”は、“忘れられない男”になるべく、歩み出した。【今村健人】