<映画大賞:主演男優賞>

 落語家笑福亭鶴瓶(57)が初主演した映画「ディア・ドクター」で、主演男優賞を獲得した。第22回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞(日刊スポーツ新聞社主催、石原裕次郎記念館協賛)が3日、決定した。幅広いジャンルで活躍してきた鶴瓶だが、役者としては初めての受賞だ。

 「こんなにうれしいことはないよ。主演やって良かった。役者としての賞?

 初めて初めて!

 00年に上方お笑い大賞もらったけど、賞といえばそれくらい」。取材場所に向かうエレベーターの中から、鶴瓶は喜びを口にした。

 最初はタレントとして全国区になり、司会もこなし、ここ数年は落語家としても大きなツアーを成功させるなど、多岐にわたり第一線で活躍してきた。本格的に映画に出演したのは90年の「東京上空いらっしゃいませ」。以降、ドラマも含め、役者としても活動の幅を広げた。

 山間部にいるたった1人の医者が、ニセ医者だった-。「ディア・-」は肩書とは、人間の本質とは、を問い掛けてくる。多くの肩書を持つ鶴瓶だが、選考会では「役者・鶴瓶」の評価は圧倒的だった。「怖いくらい」と評した選考委員もいた。それでも鶴瓶は「こないだ空港で、男の人に『映画の鶴瓶さんが好きです』ってぼそっと言われたんですよ。そんな限定せんでええやん」。この気負いのなさが魅力的だ。

 鶴瓶は、自分の魅力について「分かりやすくない」と分析した。バラエティー番組などで、めがねの奥の瞳は本当は笑っているのか、と言われることも多い。「謎なことも必要やと思うんです。キャベツみたいに、むいてもむいてもよう分からんみたいに、ほんまはどんな人なんやろうって。自分でもよう分からん。『ディア・ドクター』に使いたいと思ってくれたのも、謎とのりしろがあったからやと思います」。

 作品に参加する上で、大切にしていることがある。「監督がどんなトーンでいきたいかを早く察知すること」だという。宮藤官九郎脚本のドラマ「タイガー&ドラゴン」では最初、落ち着いた芝居をする自分だけが、ハイテンションな周囲から浮いていた。気付いた鶴瓶は、キャラクターが変わるほど「後から、ガァーいったった」そうだ。いわく「『あの人うまいね』なんて見抜かれたら終わりですからね。その時点でうまくないってことですよ。監督のタクトに合わせることが大事」と強調する。

 芝居や映画について理論を語れるのは、落語があるからだ。「落語は僕が監督で演者ですから。想像の中で照明も調節してる。すばらしい映画やと思うよ」。

 「ディア・-」は小規模公開ながら、興行的にも成功を収め、賞も取った。しかし、「東京上空-」で出会い親友になり、今回の作品を企画した安田匡裕(まさひろ)さんが、今年3月に急逝してしまった。「試写を見たやっさんが僕に『これいいぞ、主演男優賞か何か取るぞ』って言うたんです、ほんまに。今こうなってみると、死ぬなよって…」。予言を残してくれた親友は、大分県に眠っている。年明け早々にも受賞報告に行くつもりだ。

 来年は、山田洋次監督作で、吉永小百合と共演した「おとうと」が公開される。今後も役者・鶴瓶が期待されるが「西川監督や山田監督、共演者の皆さんに敬意を表する意味で、本当に納得いかない限り、もう映画は…って思うんです。でも、吉永さんが『夫婦役やりましょう』って言ってくれるんです。時代劇での夫婦なんてええなあって思ってます」と笑った。映画界がほっておかない存在になった。【小林千穂】