インド北部のジャイプールは人口300万人強、建物にはピンク色の塗装が施され、風の宮殿などで知られる観光都市でもある。ここを舞台にした「マリーゴールド・ホテル 幸せへの第二章」(3月4日公開)は、外国人観光客が感じるありきたりの「インドの風景」より、ほんの少し深いところにある人情を映し出す。

 このジャイプールと、タージ・マハルのあるアグラ、そしてデリーを結ぶ一辺250キロくらいの三角形はインド観光の基本コースであり、実は4年ほど前にジャープールを訪ねる機会があった。映画に登場する街の表裏には見覚えがある。

 この作品に描かれる風景は、「スラムドッグ$ミリオネア」(08年)に登場する圧倒的なスラム描写と、ダンスで見せるボリウッド映画のきらびやかさの中間あたりに位置している。インドをかじったレベルの旅行体験者にそれなりに心地よい実感と、深みを覚えさせる作品である。

 4年前の第1作「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」で、夢のような長期滞在プランに誘われてやって来た6人の老英国人は、誘い文句からかけ離れたボロホテルでそれなりに快適な生活を続けている。

 今作は、若きホテルオーナーのソニー(デヴ・パテル)の結婚と事業拡大願望を軸に物語が進行する。新たな客として謎の男ガイ(リチャード・ギア)も登場。70歳は優に超えた男女が少年少女のように心をときめかせたり、沈んだりして悲喜劇が交錯する。

 宿泊者の1人、イヴリン(ジョディ・デンチ)は、生地を見極める才能を買われ、英企業から買い付け業務を委託される。充実した第2の人生で、現地業者と行う商談のやりとりはリアルだ。4年前の旅行で味わった現地の商人との交渉体験に驚くほど重なる。

 売り手と買い手の本音の探り合い。それなりに値の張る宝飾品になると、やりとりは1時間にも及び、提示額は4分の1にも、5分の1にも。「最終決着」まで行くと、こちらはひたすら疲労感に見舞われる(実際に交渉したのは妻だが)。が、宝石商の表情には達成感が浮かぶ。どこかに「宝石もしょせんは石ころ」という達観もにじむ。途中で折れずに最後まで交渉を完遂したこちらに「リスペクト」の念まで示す。値段はより下がったのに、なぜか満足げなのだ。

 このしぶとさと不思議な「敬意」。けむに巻かれた思いである。かの華僑もアラブ商人もインドにだけには浸透できなかった歴史の背景が、何となく分かった、気がした。

 劇中でも、イヴリンのエピソードに限らず「リスペクト」という言葉が印象的に使われている。一見強欲のように見えながら、少し踏み込んでみると、ちょっととぼけて温かい人間味がのぞく。観光旅行レベルでも感じることの出来るインド人によく見られる気質だ、と思う。若くてやる気満々のソニーに象徴される思い込みの強さと楽天的な独りよがりも、ときおり見かけた、気がする。

 「恋におちたシェークスピア」(98年)などで知られるジョン・マッテン監督は、さすが名匠と呼ばれるレベルの技量で、英国人から見たインドを適度な距離感で描いている。

 「ほどよいインド描写」の視点ばかりで紹介することになってしまったが、この映画の軸足はむしろ高齢化社会の老人たちのたくましさに置かれている。

 ソニーが毎朝行う宿泊者点呼は「生死確認」のブラックジョークだが、これを当たり前のように受け止め、「充実した1日」に向けて動きだす宿泊客は確かにたくましい。

 実はこれに似たエピソードを聞いたことがある。いわゆる呼び屋さんの大手、キョードー東京の山崎芳人社長が明かした生死確認の「点呼」にまつわる思い出話だ。若い頃、敏腕ツアーマネジャーとして知られた山崎さんは、あらゆるジャンルの海外ミュージシャンの日本ツアーに同行。年間通算300カ所を回ったこともある。

 「『ニューオーリンズ・ジャズ・オールスターズ』の時はひやひやしましたね。平均年齢77、78歳くらい。当時の平均寿命をとうに超えた人たちばかりですから。公演の翌日、メンバー全員と『グッド・モーニング』のあいさつをしてようやくほっとする。でも、こちらの心配をよそに彼らはいつも明るくツアーを楽しんでいました」

 いつかは来る死を意識しながら、幸せな1日を実感する。ささいな商談の成否も実は勝ち負けではなく、いかに「やり切った」かにある。神秘の国インドに漂う死生観は古今東西の間に存在するさまざまな境界線を越え、普遍的な理想なのだ、という気が、何となくする。【相原斎】