第2次大戦中、世界の音楽家が集ったニューヨークで、彼らを支援していた資産家フローレンス・フォスターはいろんな意味で魅力あふれる人だったようだ。

 音楽好きが高じて自ら舞台に立ったのはいいが、並外れた音痴ぶりで周囲を困惑させる。尊敬を集める人格者の上司がカラオケで調子っ外れに歌い出したら…しかもまったく自覚がないとしたら。笑うに笑えない状況は想像に難くない。

 素材の面白さか、2月公開の「偉大なるマルグリット」も彼女がモデルだ。舞台をパリに移し、常識に寄せた脚色を施してあったから心に染みやすかった。

 対して今作はメリル・ストリープが思い切りはじけている。史実に寄り添った脚本は「事実は小説より奇なり」を地でいく人物を実感させる。妻の名誉を守るために奔走する夫役ヒュー・グラントのドタバタ、伴奏者役サイモン・ヘルバーグのとぼけた味もいい。

 笑いの軸となるストリープの歌声には絶対音感の持ち主である彼女ならではの技巧がある。外しまくりの音程の中に、あのマリア・カラスも晩年出せなかった高音が交じったという「史実」の再現だ。音痴な歌声の味わいは深い。【相原斎】

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