2日午後3時17分に肺扁平(へんぺい)上皮がんのため東京都内の自宅で死去した俳優で文化功労者、劇団民芸代表の大滝秀治(おおたき・ひでじ)さん(享年87)の遺族や劇団所属女優らが5日、東京・新宿の紀伊国屋サザンシアターで会見した。

 義理の息子で演出家の山下悟さんによると、大滝さんは昨年末ごろ体調が悪いと訴え、今年2月ごろがんと判明した。本人の希望から手術はせず、入退院しつつ、抗がん剤による治療をしたという。6月に肺炎も見つかり長期入院となったが、体調が回復し9月7日に退院。自宅療養を続けていた。

 自宅では食べたいものも食べ、読みたい本を読むなど久々にゆっくり家族と濃密な時間を過ごした。亡くなる前日の今月1日も、いつも通りベッドから車いすに乗り、食卓で家族とシューマイを食べ、酒も飲み、ベッドに入るなど元気な様子だった。

 深夜一時呼吸が乱れたため医師が駆け付けたが、薬を飲み落ち着き、寝たという。2日朝もそのまま寝ていたが、午後容体が急変し、家族に見守られつつ亡くなったという。

 山下さんは「大きく息を3回吸って、息を引き取りました。安らかに、眠るように見え、苦しみはなかったように感じた。炎がパーッと消えていく感じだった。炎の塊のような人でしたから、そのエネルギーがスーッと消えていくのを、見守った」と話した。

 最後まで舞台復活への強い意思を見せていたという。9月28日ごろから突然、家族に色紙を持ってくるように要請し、10枚前後、「もう1度舞台に立ちたい」という趣旨の言葉を書いたという。「前日も『今日は舞台げいこだ』と言ったり、当日も家族の手を握って『ありがとう』と言ったり、突然『今日はアレだから』と言ったりしていました」。

 ベッド脇や枕元には舞台の台本を何冊も置いており、亡くなる直前まで台本を抱えて寝ていたという。

 同劇団の女優日色ともゑによると、激励のはがきを出したところ、亡くなる約10日前に、大滝さんから手紙で返事を受け取った。そこには病気療養の話が説明されていたが「でも元気、もう1回舞台に立つ、と書かれていました。お返事を書こうと思っていた矢先でした」。日色は大滝さんについて「男の中の男です」と涙ぐみつつ話した。

 女優樫山文枝は「炎のような、頭から湯気が立つような情熱だった。大往生され、素晴らしい人生だったと思う」。中地美佐子も「教えていただいたことが山ほどある。情熱の炎の塊でした」と悼んだ。

 5日、都内の斎場で近親者のみで告別式をしたが、ひつぎにはいつも着ていたセーターや自宅で抱えていた台本、好きな本などを入れたという。