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30歳で合格の黒岩新調教師 まずは馬集め

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平成になって最年少の30歳で調教師試験に合格した黒岩助手(撮影・酒井清司)
平成になって最年少の30歳で調教師試験に合格した黒岩助手(撮影・酒井清司)

 頑張れ新米調教師。美浦では3月1日に4人の調教師が新規開業する。近年は調教師を取り巻く環境は厳しく定年前の勇退が相次ぎ、技術調教師として勉強できる期間が短くなった。平成になってからは最年少となる30歳で試験に合格した黒岩陽一助手(31=鹿戸雄)は、約1カ月後に迫った開業の準備に忙しい日々を送る。

 今回の合格者で最年少の黒岩助手は、毎週のように北海道に飛ぶ。まずは馬集め。予定されている12馬房が埋まらないことには安定経営はおぼつかない。「3カ月で馬を集めるのは正直、厳しいです。この時期は生産サイクル的にも馬が動かない時期。明け2歳もだいたい入厩先が決まってますから。でも、まずは顔を覚えてもらわないと。合格してからの月曜日は9000円の安いチケットをほぼ毎週予約してます」。週初めは牧場へのあいさつ回り、週中は厩舎の助手としての仕事、週末は競馬場と休む間はない。

 昔であれば合格後1年間ほどは技術調教師として研修期間があるのが通例だった。その間に馬主や牧場との人脈を強化したり、他厩舎のやり方を勉強したりと土台作りの時間があった。だが、最近は合格即開業のケースが増えた。JRAは一昨年に調教師試験の合格発表を以前の2月から、2カ月前倒しの前年12月に変更した。それでも準備期間がふんだんにあるとは言えないが、「開業日は決まっていること。与えられた時間で精いっぱいやるだけです。じっとしているより、準備で動き回っている方が落ち着きます」と前向きに考えている。

 調教師業、特に美浦トレセンの環境は深刻だ。11年は9人の調教師がサークルを去った。理由はさまざまだが、定年引退は誰ひとりいない。「勇退」という言葉が使われつつ、ほとんどはそのイメージとは裏腹に経営上の厳しい現実を突きつけられての撤退だった。「昔やりたかった調教師という仕事と現状はだいぶ違う」。そう話すトレーナーもいる。管理馬のローテーションや鞍上選択など重要な部分においても調教師の裁量が減っているケースすらある。不安はないのか? 「どんな職業でも自分でやってみないと本当のことは分からない。ずっと調教師になるつもりでやってきましたから」。開業のタイミングに合わせるように3月に第2子が誕生する黒岩助手の言葉に迷いはなかった。他の3人とみんなそろって、美浦トレセンに新しい風を吹き込む存在になってほしい。【高木一成】

 ◆黒岩陽一(くろいわ・よういち)1980年(昭55)12月22日、東京都生まれ。早稲田高校から日本獣医生命科学大学へ進学。馬術部に入る。同部監督のつてで大学時代に藤沢和師を紹介され、卒業後は美浦トレセン近くのミホ分場で2年勤務。場長も務めた。07年4月に競馬学校厩務員課程入学。同年10月に厩務員として勢司厩舎へ。加藤和厩舎を経て、助手として鹿戸雄厩舎へ。11年12月に調教師試験合格。モットーは「異端児であれ」。

 ◆合格から開業までの期間短縮の理由 調教師の定年前引退があると、一時的に他の調教師が所属していた厩務員を引き受ける。その期間を埋めるために、新規調教師の開業が早まり、技術調教師を経ないケースが増えた。かつては1年待っても馬房が空かず開業できない調教師もいたが、その時間を研修や馬集めに充てられるメリットもあった。

 [2012年1月31日9時33分 紙面から]




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