コメントを書き留める腕に鳥肌が立ち、必要以上の力がこもったペン先が乱れる。スポーツ取材を10年以上しているが、こういう経験はなかなかない。今月2日、埼玉スタジアム2002。担当する浦和が、G大阪に1-0で勝った。試合後のミックスゾーンで、MF宇賀神友弥(27)は「ずっと許せないと思っていた」と切り出した。

 宇賀神が振り返ったのは、昨年11月22日、同じ埼玉スタジアムでの天王山。浦和は勝ち点差5の単独首位で、2位のG大阪に勝てば優勝が決まる状況だった。しかし90分間攻め続けながらゴールを奪えず、前がかりになった終盤に2失点して敗れた。これで一気に勝ち点差は2に縮まり、結局G大阪に逆転優勝を許すことになった。

 その結果自体ももちろん悔しかった。さらに忘れられないのは、試合終了の瞬間の出来事だ。G大阪のある選手が、後半44分に途中交代で退いていた宇賀神らが座る浦和ベンチに向かい「どうだ」とばかりにガッツポーズをしてみせたのだという。

 野球のメジャーリーグなどなら、報復の死球や乱闘に発展するかもしれない。しかしサッカーのピッチ上では、どうにもならなかった。オフになって、年を越しても、まぶたを閉じればあのガッツポーズがよみがえる。無念さを晴らすには、やはり勝つしかない。

 眠れぬ夜を乗り越えて、宇賀神と浦和は今季、開幕から無敗を続けた。そして同じ超満員の埼玉スタジアム、同じ首位と2位という状況をつくって、宿敵を迎えた。そして8年間ホームで勝てなかったG大阪に、今回は勝った。

 試合終了後。喜びの輪をつくるチームメートから離れた自陣左サイドで、宇賀神はピッチに突っ伏し、何度も地面をたたいて感情を爆発させていた。振り返れば試合中もワンプレー、ワンプレーに誰よりも熱くなっていた。

 執念。あるいは情念。国内最高のカード、緊迫した内容の裏に、濃密な伏線があった。ドラマを超えた現実だった。強く心に刻まれた。後日、宇賀神と話をすると「あの話は、言うべきじゃなかったかなぁ」と少し後悔していた。しかし、そこには国内リーグを盛り上げる1つのヒントが見て取れると、私は思う。

 4年ぶりにサッカー担当に戻ってきて、Jリーグの扱いが軽いと感じる。夜のニュース番組では、リーグ首位を走る浦和のダイジェスト映像が飛ばされる。代わりに取り上げられるのは、日本代表の選手が多く在籍するクラブの試合だ。

 本田、香川ら海外組の動向があれば、さらにこちらが優先される。もちろんスポーツ紙の扱いも同様だ。リーグ戦の順位よりも「ハリルにアピール」が重視されている。

 4年の間に、海外組が急増し「誰でも知っている選手」がJから流出し続けたこともあるのだろう。「欧州のサッカーに比べて、Jはつまらない」と悟ることが、サッカー通として踏み出すべき第1歩だとする向きまである。

 Jリーグは、日本代表や世界のサッカーのダウングレード版なのか。例えばG大阪戦での宇賀神。確かに素晴らしいプレーをしていたが「世界のサッカー」を意識した姿が、私たちの心を打ったわけではない。競技性に加えて、同じ人間として共感できる背景があったから、見る者の心を打ったのだと思う。

 サッカーに限らず、他の競技でも。あるいは会社組織の中でも。学校でも。仲間内でも。悔しさを味わい、いつか晴らしたいと思うことは、誰にだってある。宇賀神が試合前に「許せない」背景を明かしていれば、さらに見る者の思い入れを喚起したことだろう。そして試合後には、皆が宇賀神とカタルシスを共有できたに違いない。

 横浜担当記者時代に、DF栗原勇蔵が語ってくれたことを思い出す。当時の木村浩吉監督が「うちは歴史あるクラブとして、大分のようなクラブには負けられない」といった旨のコメントをして、物議を醸したことがあった。

 しかし栗原はこの発言を擁護した。「Jリーグは最低でも、同じカードが年に2回ある。ほっとけば飽きられる。同じ状況の格闘技などは、試合に向けて遺恨みたいなものをつくっていって、どかんと盛り上げる。浩吉さんのコメントで、どっちのサポーターも、いつも以上に熱くなってくれるんじゃないかな」。

 もう1つ思い出すのが、昨年のJ1最終節、浦和対名古屋戦の直前。名古屋DF闘莉王が「何をするか分からないよ」と挑発したのに対し、浦和DF槙野が「受けて立ちます」と応じた。これを報じたわずか115文字の短いネット記事には、何と6万2000もの「いいね!」がついた。

 浦和のサポーターが「いいね!」の一斉射撃をする様を思い浮かべると、やはり鳥肌が立つ。サッカー先進国のリーグの背中を追い、より高い競技性を目指していくことは、もちろん必要だ。その上でサポーターの共感や、強い思い入れを呼ぶような背景を演出できれば、Jリーグは他と比較ができない唯一無二のコンテンツ力を持つことができるはずだ。

 好プレーや向上心あふれる取り組みの裏にある執念、情念、人間ドラマ。こういったものを描き出すメディアとして、文字媒体は高い適性を持っている。宇賀神のように情念をむき出しにして、熱のあるプレーや言葉を届ける選手が、どんどん出てくればと願う。そして彼らと一緒に、Jリーグを盛り上げていきたいと、心から思う。【塩畑大輔】