プロ選手経験のない大分シャムスカ監督(43)が、戦力も練習環境も整わない大分にJ1初タイトルをもたらした。教育課程の大学で心理学を学び、フィジカルコーチから指導の道を歩いてきた若き指揮官が「シャムスカ・マジック」と呼ばれる采配で、04年ブラジル杯で2部のサント・アンドレを頂点に導いた奇跡を日本で再現した。

 シャムスカ監督の口もなめらかだった。試合後の優勝会見で、開口一番「気持ちの高ぶりがあって、マイクがどこにあるか分からなかった」。記者陣を引きつける「シャムスカ・マジック」で喜びの大きさを表した。

 すべてに前向きな考え方が、戦力も環境も恵まれない大分を前進させた。J2降格危機に面していた05年9月に監督に就任。高校在学中だったDF福元(現G大阪)を抜てきする大胆な采配でチームを残留させた。「うちは常に上位に食い込むチームじゃなかった」。その後の厳しい状況でも実績のなかった梅崎(現浦和)、森重、金崎らの才能を次々と開花させた。

 この日先発したDF藤田はオシム前日本代表監督が率いていた当時の千葉では芽が出なかった。「シャムスカ監督は、こちらが奮い立つような言葉でピッチに送り出してくれる。乗せ上手ですね」。遠征には心理学の本を持参。F1ドライバーの故アイルトン・セナのメンタルコーチの書籍など、他競技にも目を向ける。「私から(言葉を)押しつけるのでなく、選手の中から(何が求められているか、大事かを感じるよう)しむけ、持っていくことで機能する」。マジックのネタは、巧みな選手掌握術だった。

 29歳でブラジル1部チームの監督に史上最年少で就任。04年には2部チームを率いてブラジル杯を制覇するなどブラジル・サッカー界でも期待の若手指揮官だった。「海外で指揮を執りたいとの願望があった」。厳しいクラブ運営を知り、契約を残していたブラジルのチームに違約金を払ってまで渡った大分に、初のJ1タイトルをもたらした。「九州のレベルアップを証明できたし、全国のレベルも上がると思う」。大分だけでなく、Jリーグ界にも「シャムスカ・マジック」が与えた影響は大きい。【村田義治】