人情と日本酒はその土地土地で味が違う-昔の偉い人が言っていたような気がするが、アスリートだって同じだろう。生まれ育った地域の風土、歴史、文化が卓越したパフォーマンスに影響を与えている、はずである。東北出身の現役アスリートたちを育んできた「地域のチカラ」とは? マジメに、若干強引に? 探し歩いていきます。1回目は日本ハム大谷翔平選手(20)の故郷、岩手・奥州市編。

- 岩手・奥州市出身の大谷翔平
「大谷が生まれ育ったところに行って秘密を探ってこい!」
上司からの指令を受け、仙台の会社を飛び出してきたが、よくよく考えたらむちゃぶりだ。秘密って何だよ? ブツブツ独り言を言いながら、まずは奥州市に住む大谷の父徹さん(52)に会いに行った。
徹さん 僕なんかでいいんですか。翔平と生まれ育った地域との関係なんて。
いきなり心配された。そりゃ、そうだろう。単なる思いつきなんだから。困った私をふびんに思ったのか、徹さんが助け舟を出してくれた。
徹さん 実はね、最初は義経という名前を考えていたんです。でもおこがましいというか、それはまずいよね(笑い)。ただ兄と姉が横浜生まれで、翔平だけ岩手生まれ。義経の俊敏な動きを連想させる「翔」という字が好きで、平泉の「平」をとって翔平にしたんです。
キター! 源義経が最期を迎えた平泉は奥州市の隣町。大きなくくりで言えば地元だ。軽やかでさわやか、時代を切り開くイメージは大谷にピッタリ。早速、義経最期の地、高館義経堂に立ち寄った。
高館義経堂の関係者 えっ、大谷選手の名前の由来って、そうなんですか。初めて聞きました。
何か得した気分だ。義経には、北の地で生き延びたという伝説もある。大谷は義経の末裔(まつえい)かも…。
いや、それだけじゃ、あの上司は納得しないだろう。当てずっぽうで地元の偉人の記念館に足を運んだ。高野長英、後藤新平、斎藤実。旧水沢市出身の3偉人だ。後藤新平記念館の高橋力館長(66)からおいしい情報をゲットした。
高橋館長 地元の小学5、6年生は義務的なものがあり、この記念館を訪れます。大谷君もたぶん小学校時代に来ていると思う。
幕末の蘭学(らんがく)者・高野長英は鎖国を批判して投獄されたが脱獄。世界に目を向け、日本の夜明けに生涯をかけた。後藤新平は1923年(大12)の関東大震災後に帝都復興院総裁となり、世界で初めて区画整理による都市計画を推進した。斎藤実は第30代内閣総理大臣になる前に、米国に4年間留学、英国に9カ月、ロシアにも滞在した。海外から日本を見ていた。
3人に共通するのは先見の明。人と違ったことをすることで道を切り開いた。徹さんの言葉を思い出した。
徹さん 人と同じことをやっていては人と同じだよ、と小さいころから多少、言ってきたと思う。
高橋館長も、後藤新平と大谷の共通点を挙げてくれた。
高橋館長 新平は満鉄初代総裁、東京放送局(現NHK)初代総裁など新たに組織化されたトップに立つことが多かった。強い意志があって新たな歴史をつくった。大谷君もそこが似ているのかな。
何となく見えてきたぞ。大谷と水沢南中時代のクラスメート、渡辺洸大さん(日大3年)からも貴重な証言を得た。
渡辺さん 彼は、勉強する時は勉強して、遊ぶ時は遊ぶ。メリハリがしっかりしていた。僕の周りは途中で物事を投げ出す人が少なかった。
奥州市の人間に脈々と受け継がれている、ぶれない心の強さ。まさに二刀流に挑戦し続ける大谷の特徴ではないか。
「まあ、1回目だからしょうがないか。次の取材ではもっと大きな秘密を持って来いよ」
ちぇっ、人の気も知らないで。心の中で上司に毒づきながら、奥州市をあとにした。【久野朗】
◆岩手県奥州市 県の内陸南部に位置する。06年2月20日、水沢市、江刺市、胆沢郡前沢町・胆沢町・衣川村が合併して誕生した。人口は約12万人で県内では盛岡市、一関市に次ぐ3位。伝統工芸品に南部鉄器などがあり、食品では前沢牛、いわて奥州牛、江刺りんごなどが有名。小沢昌記市長。

- 岩手県奥州市
◆高館義経堂 JR東北本線平泉駅から徒歩20分。拝観時間は午前8時30分~午後4時30分。11月5日~4月4日は午前8時30分~午後4時。年中無休。
◆後藤新平記念館 JR東北本線水沢駅から徒歩15分(車で5分)。開館時間は午前9時~午後4時30分。定休日は月曜日(休日の場合はその翌日)、年末年始。

- 源義経最期の地、岩手・平泉町の高館義経堂(左)と源義経の公像


