<大相撲初場所>◇千秋楽◇25日◇東京・両国国技館

 新たな「怪物」が春場所(3月8日初日、大阪・ボディメーカーコロシアム)での新三役を確実にした。東前頭2枚目の照ノ富士(23=伊勢ケ浜)が、同9枚目の玉鷲(30)を寄り切って勝ち越し。師匠の伊勢ケ浜審判部長(元横綱旭富士)の一声で「勝った方に」となった敢闘賞も初受賞した。上位が全員負け越しており、一気に東関脇に就く可能性も出てきた。

 照ノ富士は自然とにやけていた。やっとつかんだ新三役の座。しかも、東関脇が確実だ。モンゴルから一緒の飛行機で来日し、番付で先を越された“後輩”逸ノ城の最高位「西関脇」を半枚、超える。「こんなにうれしいのは(13年秋の)十両優勝以来」と喜んだ。

 勝ち越して天国か、負け越して地獄か。運命の分かれ道となった玉鷲戦。前日に水入りを演じて「疲れはめっちゃ残っていました」。だが、国技館に向かう道すがら、三役に加えてさらに火を付ける一報が入った。「勝った方が敢闘賞」。

 三賞選考委員会では当初「宝富士が勝てば敢闘賞」しかなかった。だが、逃せば史上初の「該当者なし」となると知った伊勢ケ浜審判部長が急きょ、1度は流れた両者の一番を再提案し、ギリギリの得票で決まった。その師匠が見守る中で「久しぶりに気合が入った」。寄られても、得意の残り腰。右を差して「残せる」。次に左上手を取って「勝てる」。最後は一気に寄り返した。取組後、経緯を知って「親方、大好きです」とおどけて感謝した。

 この3場所で10キロ増量。体重は180キロを超えた。師匠には「稽古をちゃんとやっているから、200キロいってもいいんだぞ」と言われたが「いや…」と言葉を濁した。理由を聞かれて堂々と「格好悪いので」と答えた。規格外な次代の横綱候補が、新三役に就く。「三役から簡単に落ちたら恥ずかしい。10勝以上挙げたい。そして今年はさらに上を目指す」。堂々と言ってのけた。【今村健人】

 ◆照ノ富士春雄(てるのふじ・はるお)本名・ガントルガ・ガンエルデネ。1991年11月29日、モンゴル・ウランバートル市生まれ。18歳で逸ノ城らと一緒に来日し、鳥取城北高に留学して相撲開始。3年時に中退して間垣部屋入門。若三勝として11年技量審査場所初土俵。13年春場所後に伊勢ケ浜部屋転籍。同年秋に新十両に昇進し、14年春に新入幕。カレーとお化けが嫌い。191センチ、180キロ。家族は両親と姉、妹。