11月(25日)には66歳になる。年を重ねるごとの丸くなったといわれる阪神監督の岡田彰布。試合中、ベンチの中をテレビカメラが映せば、非常に穏やかな感じが伝わってくる。
だが、しかし…。「いやいや、あの時はかつての監督の迫力をみました」と興味深い話をしてくれたのがヘッドコーチの平田勝男だった。
あの時とは8月18日を指す。横浜でのDeNA戦、例の9回表に起きた盗塁を巡る判定だ。その後、ルール変更につながることになったのだが、岡田は本当に怒っていた。しかし、平田が明かすには、その怒りには伏線、前段があったというのだ。
「あの試合、また宮崎に打たれてね。簡単にホームランを浴びる。同じことを繰り返すことで、監督が今シーズン一番の怒声を発したわけ」
ベンチが凍り付いたという。選手には言わないが、怒りの矛先は投手コーチ、バッテリーコーチに。お前ら、エエ加減にせいよ。どんなミーティングをしてるんや! 同じ相手にどこまで打たれて気が済むんや! 平田の記憶をたどれば、声を荒らげて、岡田はベンチで叫んでいたとか。
「こういうのは、前回もあったことで、僕なんかは慣れていますけど、新しいコーチはおそらく驚いたでしょうね」。平田の想像通り、コーチ陣は一瞬にしてピクついた。
それを見ていたのが選手たちであるが、そこからさらにヒートアップする岡田の姿を見ることになる。カッカしているところに、あの判定となった。リクエストでセーフからアウトにジャッジが覆り、岡田はそこで異例の抗議に出た。
テレビでは確認できなかったが、抗議で審判に対しての口調は、かなりハードで、怒気を含んでいた。平田はベンチを出て、岡田の脇に立つ。一触即発。最悪を想定して、岡田を止める態勢にあった。「そらすごいけんまくやった。その時、監督の顔、目を見たら、それこそ昔のままやった」。平田は岡田を制しながら、ベンチの選手を見渡した。
誰もが監督の抗議の場面、目を背けるものはいなかった。ジッと怒りの岡田を見つめていた。今シーズン、岡田がエキサイトしたNO・1シーン。平田はこう感じた。「若い選手が多いけど、監督の抗議の姿を見て、勝負に対する執念を改めて感じたと思います。あれほどのベテランの監督が、あそこまでワンプレーにこだわり、勝ち負けに執着する。選手にはまた新たな発見やったと思います」。
そこから選手は変わった…とヘッドコーチは断言する。みんなが勝負に貪欲になり、執念を表し始めた。あきらめない気持ちというのか、それがその後の進撃につながっていった。
「だから今シーズン、最も印象に残る試合と聞かれたら、僕は8月18日のゲームと答える。あれから風向きは変わった。節目のゲームだった」。平田は思った。15年前の岡田にまた会えた。それがうれしかった…とさえ口にした。
もちろん、今も声を荒らげることはある。でも、それは昔のそれでなく、65歳風の柔らかさが備わっている。試合中、守りのイニングで常に岡田の左に立つのが投手コーチの安藤(ちなみに平田は岡田の右前に立つ)。その安藤に声をかける時、「オイ、アンちゃんって、ちゃん付けですからね。監督も変わりました」との平田の証言。これもほほ笑ましい。
ヘッドコーチが選んだ1試合。8月18日の横浜で、チームは目を覚ました。【内匠宏幸】(敬称略)