「あなたが選ぶ阪神最強1番打者は?」。昔、アンケートした。結果は圧倒的にこの人、真弓明信だった。

オールドファンは吉田義男、藤田平を支持し、2000年代のファンは今岡誠、赤星憲広の名を挙げたが、やはり真弓のインパクトは相当強かった。

1985年、日本一になったシーズン。打率3割2分2厘、本塁打34本、打点84。この数字を並べただけで、いかに破壊力のある1番打者だったかがわかる。さらにヨーイドンで放つ先頭打者ホームランが通算38本。この記録にはおまけがついていて、この先、多分破られることのない本塁打を放っている。

1980年10月12日のナゴヤ球場。この日は中日戦がダブルヘッダーだった。第1試合、先頭真弓に対したのが都裕次郎だったが、真弓は本塁打を放った。それから3時間後、2試合目が始まった。マウンドには星野仙一。ここでも真弓は先頭打者アーチだ。これはまず破られない記録だろう。ダブルヘッダーがなくなった現在、1日2本の先頭打者本塁打は無理。いかにも長打力を備えた真弓らしい珍記録といえる。

1985年、真弓は32歳だった。「体力的にも、技術的にもベストの状態。タイミングさえあえば、ホームランは打てる」。当時の真弓は自信にあふれていた。まさに最高、最強のトップバッターとして、チームを初の日本一に導いた。

あれから38年。昨シーズン、阪神は2度目の日本一に輝いた。同じように光ったのが1番近本だった。監督の岡田彰布は「近本1番」を不動として、打順をいじることがなかった。途中、死球によって離脱したものの、トップバッターとして、打線を引っ張った。それでも打率は2割8分5厘。3割は遠かった。

過去、3割をクリアしたのは1度。1番打者の3割超えはなかなか難しい。打席数、打数が多くなり、その分、3割には安打数の増加が求められる。しかし、近本は本格的な安定期に入ったとみていい。今年、30歳のシーズンである。「野球選手の充実期、ピークは20台後半から30代前半。このあたりが最も脂が乗る年齢。だから近本はそこに入った。安心して(1番を)任せられる」。岡田が描く連覇のシナリオ。1番近本はキーになる。

球団史上最高の1番へ、近本は踏み出したといえる。すでに最多安打のタイトルに輝いているが、それ以上のインパクトを。それは3割超え、そして首位打者となるのだが、ひそかに狙ってもらいたい記録がある。

それは45年も前に達成されたもの。1979年、広島カープの1番バッター、高橋慶彦が樹立した33試合連続安打の日本記録だ。到底破られぬ記録がある中、この33試合連続安打は簡単に抜かれるであろうと思われてきた。何人もの選手が挑戦し、目前で逃がした…というケースを見てきて、ついに45年、破られぬ日本記録になった。

「選手の好調期間というのは長くて1カ月から2カ月。当然、波があるもので、不調でも記録を伸ばせたのは、足が速かったこともあるよね。内野安打が多かったし、足の速さとスイッチヒッターの特性が生んだ記録」。高橋は後年、こう語っていたが、現状のプロ球界で、近本は「高橋超え」の最有力1番だと思う。打撃技術とバッターボックスでのしたたかな立ち姿。追い込まれても動じぬスタイルは毎打席、ヒットを予感させる。

充実期に入ったタイガースの1番。何かデカいことをやってくれそうな空気がいまから伝わってくる。【内匠宏幸】(敬称略)

先頭打者本塁打を放つ真弓明信(1985年7月撮影)
先頭打者本塁打を放つ真弓明信(1985年7月撮影)