国公立大学で全国大会出場常連校・和歌山大エース左腕の島龍成投手(22)が、今年復活する社会人野球・日産自動車に入社することが決まった。飛躍の時を待つ。

履正社(大阪)2年時の19年夏には、ボールボーイとして甲子園優勝の聖地の土を踏みしめた。現ヤクルト奥川恭伸擁する星稜(石川)との決勝のムードは格別で、サポート役ながら、列の先頭に並び入場。揺れる観客席を目に焼き付けた。

3年の20年夏独自大会で背番号18をもらい、念願の公式戦初ベンチ入りを果たすと、一足早く受験勉強を始めた同期・松田遼太捕手の影響で和歌山大受験を決意。成績優秀で評定平均4・5以上を収めていた島は、貝塚から豊中までの通学に加え、塾では終電まで猛勉強に明け暮れた。当時評定平均4・0以上を求められた推薦入試で、小論文や面接をへて合格。「でも、勉強しながら野球した方がうまなって、新しいことに挑戦した方がよかったです(笑い)」。まさに5年後「新しい」社会人野球チームに所属することとなる。

1年秋にデビュー戦を完封勝利で飾り、打たせて取る投球で安定した成績を残し、全国大会には3度登板。4年春には、MVPを獲得。高く評価する日産自動車野球部関係者の熱意にも触れた。それまで地元を離れる選択肢はなかったが、同社の伊藤祐樹監督(52)のメッセージを受け取った。「これから新しい日産をつくりたい。1期生にふさわしい選手を集めている」。島も「今しかできないし、一番魅力に感じた新しいチーム。挑戦することが好き。その一員になりたい」と一般就職から、関東行きを決断。重ねて、高校同期30人中、今春からプロは楽天先発の内星龍ら3人、ほか13人が社会人で野球を継続予定。仲間へのライバル意識は続いていた。

日産ユニホームには創部時の59年に発売した乗用車と同名の「ブルーバード」や、かつて2度の都市対抗優勝を飾ったことを意味する2つの赤い星があしらわれている。「死ぬ気で頑張ります。絶対活躍したいし、(いずれは)和大初のプロ野球選手にならな! ですかね(笑い)」。自身の強みである新しい環境への適応能力や、気迫あふれる投球、人なつっこい性格の泉州人「らしさ」全開で“シン日産”の創出へ。ひそかに夢見るのは、2大大会の舞台の1つ、京セラドーム大阪で行われる日本選手権での関西凱旋(がいせん)登板だ。記者も抑えるたびにほえて、元気でサービス精神旺盛な島の関西帰還を、ひそかに心待ちにしている。【中島麗】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)

◆島龍成(しま・りゅうせい)2002年(平14)6月30日生まれ、大阪府・貝塚市出身。二色小1年に貝塚スポーツ少年団西地区WESTで野球を始め、貝塚第五中では忠岡ボーイズでプレー。履正社では20年・3年夏独自大会にベンチ入り。和歌山大1年秋にベンチ入りし、当時の大阪府立大にデビュー戦ながら初完封勝利を飾った。リーグ戦通算215回2/3、16勝7敗、16完投4完封。141奪三振。身長171センチ、体重71キロ。左投げ左打ち。

日産自動車入りする島龍成が和歌山大時代に愛用したグラブには「不撓不屈」の文字(2024年12月撮影、提供写真)
日産自動車入りする島龍成が和歌山大時代に愛用したグラブには「不撓不屈」の文字(2024年12月撮影、提供写真)