昔話にお付き合いいただいて、イチローが甲子園に初登場したときのエピソードである。日米レジェンドのイチローが、オリックス在籍中に甲子園でプレーしたのは2試合のみ。当時、交流戦はなかったので公式戦の甲子園でイチローがプレーしたことはない。
オープン戦も1試合だけ。オリックス最終年の2000年3月11日に甲子園で開催された阪神戦にスタメン出場している。3打数2安打だった。この間に阪神の優勝はないので日本シリーズの出場も当然ない。
そして、あと1度のプレーが99年7月25日に行われた球宴第2戦である。繰り返すがNPB時代にイチローが甲子園でプレーしたのはその2度だけ。くどく書くのは次のような理由があるからだ。
その第2戦前に「本塁打競争」が行われた。最近と違って1人5スイングのみというざっくりしたものだが全セからはペタジーニ(ヤクルト)が出て、全パからはイチローが出場したのである。
5スイングなのであっという間に終わったのだがイチローは1本、バックスクリーン左に放り込んだ。(ペタジーニは2本)。あとの4球も、その方向を狙って打っていた記憶がある。なぜホームベースから遠い、そちらの方向に打つのか不思議に思った。
「この球場は、あのあたりが一番、本塁打になるらしいんですよ。だから狙ったんですけどね」。いわゆる本塁打打者ではないイチローはそう言ってニヤリ。浜風のある甲子園、左打者が本塁打にしやすいコースがそこということだったよう。誰に聞いたのか、それが事実なのはどうかは、正直、分からない。それでもほとんどプレーしない球場について、そんなことを意識していたのかと驚いた。
話は現代に戻り、佐藤輝明だ。今季はセンターから左を意識しているようだ。それにともない打撃の状態がよくなっているのは誰の目にも明らか。イチローが指摘したところへ、本塁打も放っている。
その話を佐藤輝とする機会はまだ持てていないのだが、イチローがチャレンジしたことを佐藤輝が実行しているとするならば面白いし、頼もしいと思っている。イチローの時代にあったら面白かっただろうと思う交流戦を終え、リーグ戦再開だ。阪神はまず神宮でのヤクルト戦、そして7月1日から本拠・甲子園で巨人3連戦だ。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)




