関大北陽は最後まで食らいついたが、22年ぶりの甲子園はならなかった。「3番遊撃」で先発した山田悠平内野手(3年)が5回途中からロング救援。13回まで1失点で踏ん張ったが、延長14回に4番に適時打を浴びるなど5点を失い、力尽きた。「4番には丁寧に投げていたが相手が一枚上手だった」。その裏の最後の反攻はあと2点届かなかった。

今春の大阪大会準決勝で大阪桐蔭に2-12で大敗し、雪辱を期していた。タイブレーク2イニング目に入った14回の攻防に競り負け、山田は「厳しい展開で抑えてやるぞと挑んだが、いいバッターが多かった」と声を詰まらせた。

今夏のスローガンは「大阪桐蔭を倒して甲子園に」だった。辻本忠監督(44)は「死ぬ気で(練習を)やってきた。監督の力がなく選手に申し訳ない。選手は頑張った」となきじゃくるナインをたたえた。「すまなかった…」。球場外で行ったミーティングの最後に指揮官の目からぼろぼろと落ちる涙が悔しさを物語っていた。【前山慎治】