阪神掛布雅之OB会長(69)が3日に91歳で亡くなった元監督の吉田義男さん(日刊スポーツ客員評論家)を悼み、ナインに手向けのV奪回を求めた。OB会として6日、沖縄・宜野座キャンプを陣中見舞いで訪問。球場に半旗が掲げられる中、同じく宜野座を訪れた前監督の岡田彰布オーナー付顧問(67)と練習開始前にナインらと1分間の黙とうをささげた。「最高の結果を、吉田さんに見せてあげてほしい」。ミスタータイガースが熱く訴えた。

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阪神の名将吉田さんを悼み、練習前の宜野座は厳かな静寂に包まれた。中堅のポールに半旗が掲げられる中、ナインやスタッフが1分間の黙とう。陣中見舞いで訪れた掛布OB会長も静かに目を閉じた。その時浮かんだのは、監督時代の吉田さんが練習後にすしをほお張る姿だったという。「食欲旺盛な吉田さんの食べてる姿を思い出しました」。活力にあふれ、85年のリーグ制覇、球団初の日本一を成し遂げた名将の素顔を懐かしそうに振り返った。

73年ドラフト6位で習志野(千葉)から入団。2年目の75年に106試合に出場して三塁のレギュラーに定着し、ミスタータイガースへの道筋をつけてくれた恩師だった。

「吉田さんは僕が2年目の時に(1回目の)監督になりました。野球の土台は吉田さんの監督の時につくってもらいました。守る野球の大切さを教えていただいたのは吉田さん。そこから僕の野球はスタートしています」

19歳だった第1次監督時代、将来性を買われて積極起用してもらった。第2次監督時代は不動の4番に成長し、日本一に力を尽くして喜び合った。85年の天国から、吉田さんが退任に追い込まれた87年最下位の地獄もともにした。苦楽を知る「天地会」の仲間だからこそ、寂しさは募った。

5日に吉田さんの自宅を弔問した前監督の岡田オーナー付顧問も来訪。85年は5番で日本一に貢献し、23年には吉田さん以来球団2人目の日本一監督となった前指揮官も、恩師との思い出は尽きなかった。「特別というか、(阪神で)初めてなあ、日本一に…。8人ぐらい、監督は代わったけど。その中ではな、一番、すごい栄光を勝ち取ったわけやから。そういう意味ではずっと、そういう存在であるのは間違いないわな」。岡田氏にとっても恩人中の恩人。吉田さんが12月上旬に入院するまで、連絡を取り合っていたと惜しんだ。

かつて猛虎打線の主軸を張ったレジェンド2人の思いは同じ。掛布さんは「ただ感謝しかないですよ。前監督も感謝しかないんじゃないですか」と岡田氏の思いを代弁し、スタンドから汗を流す後輩たちに目を配った。「90周年という節目の年。最高の結果を、吉田さんに見せてあげてほしいですね」。ミスタータイガースは、後輩たちにV奪回を託した。【伊東大介】

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