僕は中学2年生の時、クラス全員から無視をされるという「いじめ」を受けた。どのくらいの期間それが続いたかは今となっては定かではない。それが1週間なのか1カ月だったのか。
自分の後ろの席の生徒に「おはよう」と言っても何も返してくれない。目を見て伝えているにも関わらず、何も返ってこない。今、思うとその子のメンタルもすごい。僕だったら目が合ってあいさつされたらさすがに無視はできない。
しかし、当時はそれくらい僕は嫌われていた。今もある特定のアンチからは嫌われているが、当時を思い返すと大したことないなとあらためて思う。
当時の僕はかなり調子に乗っていたのだと思う。今よりももっともっと。その結果、僕は周りの人の想いを感じ取ることなく、全て自分本位になっていたのだと思う。そのしっぺ返しが「無視」という形で僕の目の前に現れた。今、思い返しても毎日が苦しく、悲しかった。ただ、その原因は自分にあったんだ。
僕を救ってくれたのは、サッカー部の仲間だった。無視されているといううわさを聞きつけ、休み時間にクラスに来てくれて、たわいもない話をして授業開始前に自分のクラスに帰って行った。何をいうわけでもなく、ただただ、たわいもない話を毎回休み時間にするだけ。その時間にどれだけ僕が救われたか。不思議とその時には学校に行きたくないとは思わなかった。
しかし、そんな僕でも学校に行きたくない時期があった。中学3年生の時。何もかもが嫌になった時期があった。友人関係も、先生も、授業も部活も。親との関係も本当に嫌だった時期だ。
親が何かをしたわけではないが、どの家庭でもある「勉強しなさい」「片付けなさい」「早く寝なさい」そんな言葉ひとつひとつがイライラを助長させ、自分の部屋の壁に穴をあけたり、テーブルを蹴っ飛ばしてテレビラックを割ったり…本当になんとも言えない無力感にさいなまれた。そんな状態だったが、怒りをぶつけることで存在を認識しており、自殺などまでは考えなかった。
いや、本音を言おう。実は一度だけ考えたことがある。しかし、それを救ってくれたのはまたしてもサッカーをやってた時の仲間だった。加えて僕が今でも大好きなダウンタウンの番組を見て爆笑し、何もかも忘れられた。
人は1人では生きられない。仲間と共存して、仲間と共有して、小さな世界かも知れないが、子どもにも社会がある。しかし、それが抜け出せない狭い世界となり、我慢をすることでしか解決できないのは、本当に苦しい。
今、学校に行けていない君たちへ伝えたい。あなたを見ている人はいる。その存在はかけがえのない大切な存在。言葉にしないけど気にかけてくれる友人はいる。そんな人がいるから安心してほしい。陰で何を言われても、君は君だ。どれだけ苦しい状況でも、抜け出すことができる。
そのためには笑おう。そして少しだけ陽を浴びよう。僕らは生きている。たった1度しかない人生を生きている。学校に行けなくてもいい。学校に行くことが正義ではない。ただし、いかないことも正義ではない。
学校に行かないと決めることはすごく勇気のいること。学校が全てではないからこそ、自分の決断が大事。人生の豊かさは決断の数で決まる。迷いは行動前で、悩みは行動後だ。
Aという道とBという道があるとする。どちらに進むか決められないのは悩んでいるのではなく迷っているだけ。悩みは決断の後にこそ生まれるもの。悩み多き人生は幸せだ。それは今この瞬間とは言えないかもしれないが、決断を繰り返している人はたった1回しかない人生を必死に生きている証拠だ。
学校に行かなくてもいい。でも、行かないのなら「何をするか」をめっちゃめちゃ考えよう。人は共存しないと生きていけない。だから学校に行かないならどこかで共存することを体感していかなければならない。
我慢はいらないが、自分を見つめて、探究して追求する。苦しいかもしれないが、小さな成功体験を得るための努力から逃げてはいけない。他人は他人で最終的には何もしてくれない。自分の人生は自分でしか決められないんだ。
だからこそ、学校に行かないという選択が正しいか間違っているかという問題ではなく、その決めた道を正解にするために「努力」という言葉がある。逃げるのでなく、立ち向かい受け入れる。弱い自分をちゃんと受け入れる。強いが善で、弱いが悪ではない。受け入れることができればそれでいい。その上で何ができるのか、やりたいことなど簡単には見つからないと思う。
そんな時は好きなことでなく、得意なことに目を向けてみよう。その得意は決して人と比べてはいけない。大事なのは「超主観力」。自分の中で言えば何が得意か。僕の場合は格闘技で言えば膝が得意。それはサッカーで鍛えた脚力を生かしているから。しかし、これを幼少期から戦ってきている格闘家と比べてしまえば得意とは言えなくなる。大事なのは超主観。客観的になんて見なくていい。自分が得意、自分の中で得意と思える小さなことをコツコツとやり続けて磨けばいいんだ。
学校に行かないという決断は素晴らしい。だからこそ、そこにもうひとつ大事なことは、その決断を含めて次はどんな決断をするかを考えることだ。一緒に頑張ろう。誰にとっても「明日は初めて」なんだ。
◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。22年2月16日にRISEでプロデビュー。プロ通算2勝1分け1敗。175センチ



