特等床山の床中(錦戸)が10月27日に65歳になる。日本相撲協会の定年となるため、本場所での仕事は最後になった。大銀杏(おおいちょう)を担当していた水戸龍が場所中に引退。「最後に関取の大銀杏ができないのは残念」としながらも「伝統文化の一端を担う仕事ができた」と47年半に及ぶ床山人生を振り返った。

高校2年の時、中退して角界入り。知り合いに後援会員がいたことと、母がファンだった縁で、元大関大麒麟の押尾川部屋に入門した。

「相撲界に入るなら高校をやめてもいいと母が言ってくれた。二つ返事で行きました。最初は、人の頭を触るのは嫌だなというイメージがありましたが、仕事を覚えるのはつらくない。それよりも、17歳での新弟子だったので、年齢が下の先輩に敬語を使ったり、年下に呼び捨てにされることは抵抗がありました。まあ、3年もすれば慣れました」

やめたいと思ったことは、何度かあった。

「1年目、母にやめたいと電話すると『3年はできる。それだも嫌ならやめていい』と言われ、3年たった時にやめたいと言ったら『3年辛抱できたから5年は頑張れ』と言われて、ここまで続けられました。母のおかげです」

これまで大銀杏を担当した関取は、益荒雄、恵那桜、騏乃嵐、佐賀昇、大至、日立龍、若麒麟、若兎馬、玉麒麟、寿山、盛風力。押尾川部屋が閉鎖となり、錦戸部屋に移籍してからは同じ高砂一門の朝青龍、朝赤龍、水戸龍の大銀杏も結ってきた。

朝青龍は、先輩床山の床寿が入院した1場所と、床寿が退職した後の7場所を担当した。

初めて朝青龍の大銀杏を結ったのは、優勝額贈呈式の時。「手が震えました」。臨時で務めた1場所のことも忘れられない。

「床山が代わって成績が悪いと力士は気になる。その場所で全勝してくれたのがうれしくて…。根はやさしくて、気遣いのできる横綱でした。いい意味でやんちゃでしたね」

優勝力士はマゲを整えながら、支度部屋でインタビューに答える。中継に映るこの場面は、床山の見せ場。「先輩を見て、いつかやってみたい」と思っていたシーンは、朝青龍が実現してくれた。

退職後の予定は特にないが、錦戸親方からは「しばらく部屋を手伝ってほしい」と言われている。本場所は今回が最後。「やっとゆっくりできます。時間に追われない生活になります。気持ちもゆったりできるかもしれません」とほほえんでいた。【佐々木一郎】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

朝青龍のまげを結う床中(2009年1月24日撮影)
朝青龍のまげを結う床中(2009年1月24日撮影)