大相撲の36代木村庄之助の山崎敏廣さんが、23日に74歳で亡くなった。

2020年4月、日刊スポーツの企画で特にお世話になった。新型コロナウイルスが流行し、「ステイホーム」が呼びかけられている時期だった。かつて番付の書き手だった山崎さんに相撲字で「おうちで過ごそう」「コロナに負けない」「手洗い励行」などと書いてもらった。ウェブからダウンロードしたり、紙面を切り抜いたりして、ユーザーや読者の皆さまに利用してもらいたいという狙いだった。

相撲字は、大相撲行司が鍛錬の末に身につけた高等技術かつ伝統文化でもある。本来なら謝礼をお支払いすべき企画だが「今は大変な世の中。私の字が少しでも役に立つならうれしいことですよ」と、企画の意図を考慮して無償で引き受けてくれた。

山崎さんのおかげで、日刊スポーツの1面を相撲字で埋め尽くすという初めての紙面ができあがった。

山崎さんは健康に留意し、少々のことではエレベーターは使わず、階段を上っていた。年齢を気に掛け、新型コロナウイルスへの感染予防にも積極的だった。しかし、病には勝てず、肺がんがきっかけで亡くなった。

相撲字を書いてもらう際、8種類をオーダーし、もう1つは山崎さんが書きたい文字をお願いした。すると「忍之一字」と書いてくれた。その理由を聞くと「私の行司生活で、くじけそうな時が何度もありました。周りの人に励まされ、我慢して耐えました。新型コロナウイルスに耐えなくてはいけない今、これしかないと思いました」と話してくれた。

当時、36代庄之助の書を読者プレゼントにしたところ、かなり多くの応募があった。あれから2年以上が経過し、新型コロナウイルスへの対応は「耐える」という表現から変わりつつある。しかし、山崎さんが望んだとおり、あの相撲字が人の心に寄り添ったことは間違いない。【佐々木一郎】