自らの復活で、復興を目指す北陸地方に力を-。大相撲で富山市出身の大関経験者、西前頭7枚目の朝乃山(29=高砂)が、元日に起きた能登半島地震の被災者を勇気づける、2桁白星と優勝争いを誓った。初場所(東京・両国国技館)初日を2日後に控えた12日、都内の部屋で調整。自身はコロナ規律違反の6場所出場停止処分から復活半ばだけに、故郷への思いも背負って戦う決意だ。この日は両国国技館で取組編成会議が行われ、初日、2日目の取組が決定。朝乃山は初日に一山本、2日目に金峰山と対戦することが決まった。

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苦しくても、歯を食いしばって踏ん張ってきた朝乃山だからこそ、伝えられることがある。発生から10日以上が経過した能登半島地震には今も心を痛めている。いても立ってもいられず、富山市の実家には飲料水としても生活用水としても使えるよう、500ミリリットルの水が30本入った箱を10箱送った。幸い、家族や能登半島に近い富山・氷見市に住む祖母は日常を取り戻した。それでも北陸地方の仲間が、今も苦しんでいる。そう思うと自然と言葉は熱を帯びた。

「元日から悲しいニュースがあって、今場所、北陸出身力士は、より一層力が入ると思う。1人1人が頑張れば、元気や勇気を与えられる。自分も2桁勝って、優勝争いに加わるよう頑張りたい」

6場所出場停止処分の最中は「先が見えなかった」という。番付は大関から三段目まで落ちた。最近3場所は、けがにも苦しんだ。特に先場所は直前に、初めて左ふくらはぎを肉離れし、初日から7日間休場。復帰後9場所目で初めて負け越した。それでも「元の番付に」と、大関復帰を目指す気持ちは変わらない。その決意は平穏な暮らしを取り戻したい被災者と重なる。

「自分が白星を届けることで、少しでも何かを感じてくれたら」

年明けから急ピッチで仕上げてきた。昨年末までは左ふくらはぎ痛の影響で満足に稽古ができず、4日は新入幕の大の里に1勝3敗。「本当に悔しかった」。以降は稽古にも熱がこもった。前日11日までは2日連続25番。圧力は戻り、番数もこなせるようになった。日程が合わずに実現しなかったが、茨城県に所属部屋がある大の里のもとに、再び出稽古を計画するほど、負けん気と自信を取り戻した。

3月に30歳になる。今場所が20代最後だ。節目の年が暗い出来事で始まった分「この1年が勝負」と決意も新た。謹慎休場を除き、年6場所で唯一、初場所は負け越しなしと験の良さも後押し。北陸地方に明るい話題を届ける24年にするつもりだ。【高田文太】