監督として撮りたい題材、俳優として演じたい役-88歳になったクリント・イーストウッドが年齢にふさわしいそれに巡り合ったということなのだろう。傑作「グラン・トリノ」以来10年ぶりの監督・主演作となる「運び屋」が公開された。

最近でも「ハドソン川の奇跡」(16年)「15時17分、パリ行き」(18年)と監督作品が絶えないので、いまさらその精力的な活動には驚かないが、今回演じたアール・ストーンの年齢を超越したやんちゃぶりには、笑ってしまうような魅力がある。

モデルとなったのは5年前、ニューヨーク・タイムズの特集記事となった高齢の「運び屋」だ。メキシコの痲薬カルテルによる密輸事件の摘発で、大量のコカインを運んでいたのはなんと87歳運び屋だったのだ。

イーストウッド演じる園芸家アールは、品評会ではスター扱いの腕前。一方で、仕事に打ち込むあまり家族と別居。疎遠になっていた。時は進み、ネットの普及に対応できなかった彼は農園を差し押さえられ、90歳を目前にすべてを失ってしまう。

そんな時、メキシコ系の男から「車の運転さえすれば金になる」と持ちかけられる。想像通りドラッグがらみの仕事だったが、多額の報酬に背に腹は代えられない。退役軍人のアールは強靱(きょうじん)な肉体と老練さを併せ持っている。堅実な運転、気ままな寄り道…当局はもちろん、カルテルの監視役も翻弄(ほんろう)しながら確実にブツを運び、カルテルのボスからも一目置かれる存在となっていく。イーストウッドが演じるからこそ、そんな「大胆な老人」に説得力が生まれる。

監視役のワルを手なずけたり、モーテルの一室に美女2人をいっぺんに連れ込んだり…貫禄とワイルドさを併せ持ったアールは無敵だ。やがては疎遠になっていた家族を資金援助で引き戻し、困窮していた退役軍人会をも立て直す。

イーストウッドは撮影中「私もこの年まで生きてきたので、ある程度は彼のことが理解できる。いったん金が入り始めるとロビン・フッド的(義賊)になろうとしたこともね」と語っている。ひと昔前の娯楽作品なら87歳の主人公など、考えも及ばなかったのだろうが、彼だからこそ「それもありだ」と実感させる。

監督作「アメリカン・スナイパー」(15年)のブラッドリー・クーパーがアールを追う痲薬取締局(DEA)の捜査官役、アカデミー賞の常連ダイアン・ウィーストが妻役、実娘のアリソン・イーストウッドが娘役、そしてアンディ・ガルシアがカルテルのボス役でしっかりと個性を立てている。

ほろ苦く、それでも決して暗くはないラストシーンも心地よい。

「私たちはいつも、まだ時間があると考える。だが、ないのかもしれない。あるのかもしれない。アールにさえ、あるのかもしれないね」

撮影を終えたイーストウッドの言葉は、映画のラスト同様にじわっと心に染みてくる。

【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)