作家三島由紀夫が自衛隊市ケ谷駐屯地で決起の末に自決したのは70年の11月、45歳の若さだった。世界的な文豪の唐突な死に、当時中学生だった私はただただ驚くばかりだった。

40代以下の人には想像しにくいだろうが、当時学生運動は先鋭化し、通っていた中高一貫校でも職員室の占拠騒動が起きるなど、「革命前夜」の雰囲気は確実にあった。そんな空気にどっぷり漬かった中学生にとって、名作を量産する三島はまぶしい存在である半面、右翼、反動の匂いがする「困ったおじさん」でもあった。

「三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実」(20日公開)は、三島自決の1年半前、東大駒場キャンパスの大教室で行われた異例の討論会にスポットを当てたドキュメンタリーだ。

この4カ月前、占拠していた安田講堂の攻防戦に敗れた全共闘側は「東大焚祭委員会」を設立し、右翼思想の象徴である三島を論破しようと1000人を超える学生が待ち構えている。一方、度重なる自衛隊への体験入隊と剣道で心身共に鍛え上げた三島は単身乗り込んでくる。

水と油の両者。共に暴力を否定しない急進論者でもある。意外なほど鮮明な当時の映像からハンパ無い緊張感が伝わってくる。だが、討論は予想に反して穏やかに始まる。

三島は暴力と思想を結びつけている自分と全共闘の共通点を語り出し、東大教授陣のうぬぼれの鼻をたたき割った彼らの功績を称賛する。覚悟を決めた強いまなざしで語られる「言葉」の魅力。会場の学生たち同様にこちらも三島の魅力にとらわれていく。

ボルテージはしだいに上がり、全共闘きっての論客で、幼いわが子を抱きかかえて登壇した芥正彦(現劇作家、アートパフォーマー)との激論をピークに多岐にわたるやりとりが繰り返される。三島は決して話をそらさない。逃げない。真正面から持論を展開する。

国家や革命を題材にした討論だから、そぐわない言葉かもしれないが、緊張のやりとりは掛け値なしに面白い。現実と観念の間を行き来して時に難解な部分もあるが、豊島圭介監督は三島文学に造詣の深い作家の平野啓一郎氏のインタビューを随所に織り込む。平野氏の解説は的確で分かりやすい。挿入のタイミングも良く、ますます面白い。

この他にも、親交のあった瀬戸内寂聴さんが三島の優しさを語ったり、芥氏を始めとする元全共闘の人たちや市ケ谷駐屯地で三島と共に決起した楯の会のメンバーのインタビューも折々に差し込まれ、当時の空気や討論会の意義が語られる。人間・三島の魅力が伝わってくる。一方通行のSNS時代に直接討論の覚悟、重さが突きつけられる。

学生の頃から敬遠してきた三島文学を改めて読んでみたくなる。そんな気にさせられる作品だ。

ナレーションは三島原作の舞台「豊饒の海」(18年)に主演した東出昌大。収録はあの騒動の前だったと思うが、おっとりとした語り口が激動のドキュメンタリーのいいアクセントになっている。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)