「感動の実話を映画化」という宣伝文句があふれ、食傷気味なのは記者だけではないだろう。そんな思いなど1ミリも抱くことなく、人として生きること、家族や身近な人を思い、優しく接することの大切さを感じ、考えさせられる1本だ。
19年「閉鎖病棟-それぞれの朝-」以来6年ぶりに映画に主演した、笑福亭鶴瓶が演じたのは奈良市の西畑保さん。読み書きができないことを隠して結婚後“手”となり支えてくれた、妻皎子(きょうこ)さんにラブレターを書こうと65歳から夜間中学で学び、70歳で渡した実話はテレビ、新聞などで報じられた。映画化のきっかけも、塚本連平監督が20年初めにドキュメンタリー番組を見た妻から話を聞いたことだ。
広く知られた実話を感動の劇映画に仕立てたのは、やはり鶴瓶の存在感だろう。「読めない、書けない演技をしようという気がない」とセリフと役の大枠を落とし込んだ上で、現場で感じたものを日常会話的な流れも交えた「俺の間」で演じ、役を生きる。初共演で妻を演じた原田知世は「鶴瓶さんの側でずっと見て、感じることだけで自然と皎子さんが近づき、体感したような不思議な感覚があった」と撮影を振り返った。
特に印象的なのが、視線1つで心情、その場の空気の変化を表現する鶴瓶の目の芝居だ。高座で1人で複数の人を演じ分ける、落語家として磨き上げた匠(たくみ)の技だろう。役者として初受賞となった日刊スポーツ映画大賞主演男優賞をはじめ、国内外の映画賞を多数、受賞した09年「ディア・ドクター」を塗り替え、新たな代表作になったと言っても過言ではない。【村上幸将】
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