黒沢清監督(65)の「スパイの妻」(10月16日公開)が12日夜(日本時間13日未明)、世界3大映画祭の1つ、イタリアのベネチア映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞した。日本人の受賞は北野武監督以来17年ぶり4人目。新型コロナウイルスの影響で授賞式に出席できなかった同監督は、都内でZoomを通じてオンライン取材に応じ、「コンペティション部門に選ばれた時点で使い果たしたと思った幸運が、残っていた」と喜びをかみしめた。

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監督デビューから37年。ベネチア映画祭で最高賞を争うコンペティション部門に初出品した作品でカンヌ、ベルリンを含めた世界3大映画祭の同部門で初の栄冠を勝ち取った。13日午後、オンライン取材で「大きな映画祭のコンペティションはほとんどない。よく、この年でそこまで行けたなと。おまけに賞…何とラッキー」と喜んだ。

“ジャパニーズホラーの旗手”と呼ばれ、スリラーなどのジャンルで娯楽映画を作ってきた黒沢監督が今回、題材に選んだのは太平洋戦争前夜の日本。満州で国家機密を知ってしまったが故に正義を貫こうとする貿易商と、そんな夫との愛を貫く妻を描いた。「社会と個人がはっきり対立して描くことが出来る、戦時下の日本をテーマにしようと思っていた」という。

思いを実現できた裏に、優秀な2人の弟子がいた。黒沢監督は、05年から東京芸大大学院映像研究科で教授を務める。同科で指導し、18年のカンヌ映画祭コンペ部門に監督作「寝ても覚めても」が選出された濱口竜介氏と、同氏の助監督を務め監督としても活動する野原位氏から「脚本を書きますから神戸で撮りませんか?」と持ち掛けられた。

実は17年9月、神戸出身の黒沢氏を監督、神戸を描いた「ハッピーアワー」(15年)で監督を務めた濱口氏を脚本に据えた企画が持ち上がっていた。翌年弟子2人が作ったプロット(あらすじ)を見て黒沢監督は「戦前をベースに、原作も実在の人物もいない全くオリジナルの物語なのがすごい。面白く、作品の50%は保証された」と感じ、すぐ撮ろうと思ったという。

今回、受賞可能性がささやかれた時は脚本賞と思ったといい「プロデューサーとして僕を引き入れてくれた。いい生徒を持った」と感謝した。一方「彼らがやりたいことをやる、駒の1つになったのも実感した。そのうち駒のように使ってやらなきゃと思っている。いい関係、対等な感じ」とライバル心ものぞかせた。

カンヌ映画祭に初参加した99年には、血縁がない黒沢明監督との関係性をよく聞かれた。15年「岸辺の旅」で「ある視点部門」監督賞を取った際は“第2のクロサワ”とも呼ばれた。そんな呼称は必要ない。ベネチアで、唯一無二の“世界のクロサワ”となった。【村上幸将】

◆「スパイの妻」 太平洋戦争前夜の1940年(昭15)の神戸で、貿易会社を営む福原優作(高橋一生)は満州に赴き偶然、恐ろしい国家機密を知ってしまい、正義のため事の経緯を世に知らしめようとする。一方、優作の妻聡子(蒼井優)は、ひそかに満州から謎の女を連れ帰り、油紙に包まれたノートやフィルムを持ち込むなど、別の顔を見せる夫に疑問と不安を抱く。それでも、夫婦愛から夫と行動をともにしようと決意する。6月にNHK BS8Kで放送されたドラマをサイズ、色調をアップデートして劇場版にした。