女優大竹しのぶ(65)が、24日に初日を迎える「ヴィクトリア」(東京・スパイラルホール)で21年ぶりの一人芝居に挑戦する。孤独と折り合えなかったある女性の悲劇。巨匠イングマール・ベルイマンの“激ムズ”戯曲として知られるが、「ヴィクトリア、ばかだねぇ、と悲しみに共感してもらえれば」。彼女のフィルターを通すと、どんな難解キャラも生き生きと体温を放ち始める。【梅田恵子】
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現実と幻想、現在と過去。さまざまな場面が交錯するヴィクトリアの人生を膨大なせりふで描く110分。「戯曲の面白さに魅力を感じて出演を決めたのですが、あらためてこれを1人でやるのかと。今になって『失敗した』って」と、ちゃめっ気たっぷりに笑う。
一人芝居は02年の「売り言葉」(野田秀樹作)以来21年ぶりとなるが、一人芝居自体は「嫌いではない」という。「自分の呼吸で、自分のイメージで、自分の世界に没頭できる。自分がきちんとやればいい。結果が全部自分自身にかかってくるというのは潔い感じがするんですよね」。「1人だから怖いと感じることはないです。『私の声ばかりでお客さん飽きてないかな』『私の声ばかりでごめんなさい』とか思うことはありますけど。ふふ」。
逆に、共演者と作り上げる舞台にも、別の苦労があるのだという。
「けいこ場では必死にやる。そんな基本的なことも知らない人と巡り合ったりすると、えーっ、ガーン、って悲しくなることもありますから。けいこでその日の精いっぱいをやったら、ひとつ上がれる喜びがあるのに。恥ずかしがってちゃダメですよ」とぶっちゃける。「ある程度のレベルの人と一緒に舞台に立ったら本当に楽しいし、戯曲も演出も素晴らしかったらこんなハッピーな仕事ないんですけどね」とうっとりと語り「今は『ヴィクトリア』が大変でこんなこと言ってる場合じゃなかった」と笑う。
演じるヴィクトリアは、司教の娘として厳しく育てられ、親から愛をもらえず、夫からも裏切られて精神が崩壊する役どころ。演出家藤田俊太郎氏とともにキャラクターを練り上げて濃密なけいこを行っており、「もがいている」と語る様子も楽しそうだ。
哲学的、文学的、宗教的なベルイマンの作風が詰め込まれた難解な作品だが、「愛を求めている人間」と明快に語る。「あそこでもっとラクに考えれば、あそこで自立していれば、人間は1人なんだと分かっていれば。それを分からず求めてしまうのが人間のさみしいところ。愛されて育つことの大切さに気付かされる作品でもあります」。
ヴィクトリアに共感できるところを聞くと「全然ない」と笑う。「なんでこんなふうに暗く考えるんだ、って」。
見終わった後、ヴィクトリアを通して背中を押される何かは「ない」とあっさり。「むしろヴィクトリアみたいにならないようにする。何やってんだよヴィクトリア、バカだねぇ、頑張ってよ、って。そういう視点で見てもらえれば」。この人にかかれば、人間の闇にもどこか滑稽さが感じられ、結果的に背中を押されることになる。「自分のさみしさ、悲しさを浄化させることによって、人間はいくつになっても生まれ変われて、希望を持てる。そういう物語になれば」。
この1年だけでも、もはやライフワークの「ピアフ」、日本演劇史の金看板「女の一生」など話題作続き。先月も名作ミュージカル「GYPSY」に主演したばかりで、わずか1カ月での一人芝居となる。秋には「ふるあめりかに袖はぬらさじ」が控える。
精力的な活動は意識的ではなく、出たいと思う作品は後先考えず引き受けてしまうのだという。「気が付いたらこんなスケジュールになってしまった。ぜんぶ結果論です。結果論でしか生きてない。やばい、2日後くらいのことしか考えてない」と大笑い。いよいよパワフルな人である。
■「都市伝説」笑い飛ばす
ベルイマンが「ヴィクトリア」の脚本を書き上げたのは72年。女性の自立をめぐる時代背景も大きな要素となる。同じ70年代から女優としてキャリアを積んできた大竹は、今は女性が強く生きられる時代になったと実感しているという。
「映像の現場だと女性の方が多いというケースもよくありますし。その分、男の人が弱くなってきたような感じもあります」。また「男性の助監督さんとか、すぐ辞めちゃうんですよ。監督がちょっと怒ったら泣いちゃったとか、次の日から来なくなっちゃったみたいな話はよく聞きます」としみじみ。「必死に監督さんの機嫌をとりながら、だんだんすごさが分かってくる、みたいなことってあると思うんですけどね」。
自身も、キャリアを重ねてきた者の責任として、数年前から若手には積極的に教えることを心がけているという。「私に嫌われると役を降ろされる、せりふを減らされる、みたいなデマが都市伝説みたいになっていると何人かに聞きました」とネタにして笑う。「悲しいけど、もういいやって。私と会った人、一緒に仕事した人は分かってくれるので」。
◆大竹(おおたけ)しのぶ 1957年(昭32)7月17日、東京都生まれ。75年、映画「青春の門 筑豊編」で本格デビューし、NHK連続テレビ小説「水色の時」でヒロイン役に。16年、歌手としてエディット・ピアフの「愛の讃歌」でNHK紅白歌合戦に初出場。21年には東京五輪閉会式に出演し、大きな注目を集めた。11年に紫綬褒章。歌手IMALUは92年に離婚した明石家さんまとの長女。
◆シス・カンパニー公演「ヴィクトリア」 ある中年女性の独白を通し、現在と過去、現実と幻想が交錯する一生を描き出す。巨匠イングマール・ベルイマンが72年に映画脚本として発表したが、「クローズアップのワンショット」という実験的なアプローチゆえに映画会社が断念。90年、ベルイマン自身の演出でラジオドラマとして制作された。東京公演は6月24~30日まで東京・スパイラルホールで。7月から、西宮、京都、豊橋でも公演。



