17日放送のBS日テレ「おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!」(土曜午後9時)は、プロ野球南海、阪神などで投手として活躍した野球解説者の江本孟紀氏(75)をゲストに迎える。現役時代の初愛車の思い出や、移籍とクルマにまつわるエピソードを明かす。長嶋茂雄さんやアントニオ猪木さん、野村克也さんら、日本スポーツ界を代表するそうそうたる方々との思い出も。その冗舌、毒舌ぶりに、MCおぎやはぎもタジタジ。
ミスターへの憧れから始まった江本氏の野球人生は、波瀾(はらん)万丈だった。高校ではあるトラブルで甲子園出場が夢と消え、大学では出場機会を失い、4年時はアルバイトに精を出す日々だった。社会人野球でも大事なところで病に襲われ、アピール機会を失った。そんな江本さんを野球の世界に引き留めた、少年時代に描いたある夢とは? 話の端々に自信ありげな発言も。おぎやはぎからも、「ちょくちょく自慢入りますね」といじりが入る。
南海では、ID野球の権化、野村さんとのバッテリーを組んだ。会った初日にかけてもらった言葉に、「感動しました。震えがきましたもん」。予言者のような野村さんのひと言や、バッテリーならではの関係性、さらには野村さんの豪快だけどツッコミどころ満載の逸話も語る。
江本氏の少年時代、家にはクルマはなかったが、警察官だった父親の影響で「パトカーはありました」という。プロ入り後に買った初めての愛車は、今や動いている車両を見つけることが困難な、博物館レベルの国産車。大きな体を曲げて運転席に座ると、「この当時は、足を縮めてでも動けばいいかな」と懐かしさがよみがえらせていた。
国産車メインもファンのひと言で買ったアメ車。それほど車種にはこだわっていなかったといい、国産車をよく乗っていたという。しかしある日、ファンからのあるひと言が心にグサリ。「高そうに見えるアメリカ車」を探し、買い替えたエピソードを明かした。
「ベンチがアホやから野球でけへん」に始まる、歯に衣(きぬ)着せぬ発言を残した。その発言のいきさつを、今だからこそ告白する。2度の移籍に欠かせなかった、クルマにまつわる思い出話も。引退後には、おぎやはぎも持っていたという、ある“ヒット商品”のおかげで、現役時代よりも多くのギャラを得ることになった。
1992年(平4)には参院選に出馬。断るつもりでアントニオ猪木さんの元を訪れたが、逆に出馬することを決意した、猪木さんからの忘れられないひと言も。最後には出馬当時に乗っていたという超高級車が登場。「ちょっと揺らいできた…」と、再購入へ心がグラつく江本氏だった。
それでも、野球に対する思いはブレはない。最後には、変わりつつある野球文化への提言も語った。



