200万枚超を売り上げた1990年(平2)のヒット曲「愛は勝つ」などで知られる、シンガー・ソングライターのKANさん(本名・木村和=きむら・かん)が12日午後6時29分死去した。61歳だった。17日に所属事務所が公式サイトを通じ、発表した。
2月に、小腸の一部の突起に発生する希少ながん「メッケル憩室癌(がん)」と診断されたと3月に公表し、闘病生活を送っていた。葬儀は近親者のみで営み、お別れ会の開催は未定だという。
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3月に演奏活動休止を発表した際「皆さまに楽観していただけることが、きっと大きなエネルギーになる」とファンの愛でがんに勝つことを誓ったKANさんが力尽きた。病を公表した3月18日にラジオ番組で「(昨年)10月20日におなかが痛くなった。痛い感じが何週間も続いて。おへその横に腫瘍らしきものが写っている」と語り、腹腔(ふくくう)鏡手術の結果、判明したと明かした。
4月には在宅を基本に通院しながらの療養を続けていたものの再入院したと公表。5月に退院も、レギュラー出演していたSTVラジオ(札幌)の「KANのロックボンソワ」を度々、欠席し、10月には治療に専念するため放送を毎週から月1回に減らし11月からは治療のため休止していた。
KANさんは幼少期に音楽教室でオルガンに触れたことで音楽と出会い、小学1年でピアノを始めた。法大進学後の84年以降、ヤマハ「East West’84」決戦大会で優秀賞など各コンテストに参戦する中で、音楽関係者の目に留まった。87年に大林宣彦監督の映画「日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群」の音楽を担当し同4月に「テレビの中に」でレコードデビューした。
90年の5枚目のアルバム「野球選手が夢だった。」の収録曲「愛は勝つ」がフジテレビ系「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」の挿入歌に起用されて大ブレイクし、日本レコード大賞(ポップス・ロック部門大賞)を受賞し、NHK紅白歌合戦にも出場を果たした。99年にはツアーに参加したバイオリニスト早稲田桜子と結婚。02年には憧れのフランス・パリに移住し、03年には音楽学校に中途入学し04年7月に帰国した。
10月4日にはX(旧ツイッター)に「思うところあって、無理を承知で、行ってきます。だいじょぶか、おれ!?」、同11日には「予定どおり昨夕、楽しいパリ旅から東京に戻ってまいりました。だいじょぶでした、おれ!」(原文のまま)とパリへの渡航を明かしていた。公式サイトは「活動再開に向けて治療に励んでいた10月には、留学したこともある想い出の地フランス・パリを訪れ、最後まで復帰への想いは途切れることはありませんでした」と復帰を熱望した志半ばでの死だったと明かした。



