2008年(平20)の映画「クライマーズ・ハイ」などで知られる、映画監督の原田眞人(はらだ・まさと)さんが8日午前0時39分、都内の病院で亡くなった。76歳だった。業務提携先のつばさプロジェクトが13日、発表した。故人の遺志により葬儀は近親者のみで執り行い、喪主は妻の瑞穂さんが務める。後日、お別れの会を予定している。

原田さんは49年7月3日、静岡県沼津市に生まれた。13歳で見た米映画「突撃隊」(ドン・シーゲル監督)に感銘を受け、ノートに論評を書く中で映画監督に憧れを抱くようになったという。留学先の英国で72年に書いた論評が「キネマ旬報」に掲載され、映画ジャーナリストとして活動を開始。73年に拠点を米ロサンゼルスに置き取材活動を続け、79年「さらば映画の友よ インディアンサマー」で監督デビューした。

徹底した取材、時代考証を行い、積み重ねた資料に裏打ちされた脚本は登場人物の相関関係を含め緻密だった。戦後70年を迎えた15年の「日本のいちばん長い日」では、67年の岡本喜八監督版では後ろ姿と声だけしか描けなかった昭和天皇を真正面から描くことに挑んだ。昨年4月には米映画「オッペンハイマー」(クリストファー・ノーラン監督)公開記念トークイベントで「資料を読み込んで、広島の原爆投下を中心とした1カ月の脚本を書いた」と、原爆投下後の広島を描いた企画を明かした。ただ8月26日、ブログに「ますます老化する。(中略)夜間頻尿のおかげで朝の散歩も日課になった」と体調不良をつづり、それが最後の投稿となった。

亡くなった8日は、41年に日本が米国に真珠湾攻撃を仕掛けた日だった。「日本のいちばん長い日」公開時に「10~15年後には皇室から描いた『日本の-』を描ける社会が訪れてほしい」と口にしていたが、宿願は果たせなかった。

○…原田さんが監督・脚本を手がけた95年「KAMIKAZE TAXI」など8作でタッグを組んだ役所広司(69)が追悼のコメントを発表した。「1日にご家族から連絡を頂き、3日の日に監督を訪ねました。昔話に花が咲き、病室を出てコーヒーを飲みに行きました。最後に『また、やろう』と監督から声をかけて頂き、『お待ちしてます』と答えてその日はお別れしました」と亡くなる5日前に対面したと明かした。「こんなに早く逝かれるとは、驚きました。でも、最後にごあいさつができて良かったです」とつづった。