歴史的一戦の裏側に迫る「G1ヒストリア」は、13年にNHKマイルCを制したマイネルホウオウを取り上げる。

鞍上の柴田大知騎手(45)はJRA平地G1を初めて勝ち、障害G1とのダブル制覇を達成。レース後の涙のインタビューは今もファンの心に強く焼き付いている。JRA通算200勝も飾った10年前の一戦を振り返った。

2013年のNHKマイルカップをマイネルホウオウで制しガッツポーズする柴田大知騎手
2013年のNHKマイルカップをマイネルホウオウで制しガッツポーズする柴田大知騎手

頭が真っ白になるほど、柴田大騎手はマイネルホウオウを夢中で鼓舞した。後方待機から直線を迎えると前との差はみるみると縮まり、大外から一気に抜き去った。障害G1を2勝していた鞍上はゴール後、右手を高らかに突き上げた。

「道中ふわっとリラックスしていて、これまでにないくらい収まりが良かったんです。直線は追えば追うだけ伸びる感じで手応え以上の反応。全く止まりませんでしたね。僕の気持ちも伝わった感じがします」。必死に追う姿がパートナーの闘志に火を付けた。「馬との呼吸が大事だということを教わりましたね」。馬を信じ、馬に身を任せた騎乗が、84年のグレード制導入後、熊沢重文騎手に続く史上2人目の平地&障害両G1制覇をもたらした。

NHKマイルCを制して涙の優勝インタビューをする柴田大知騎手
NHKマイルCを制して涙の優勝インタビューをする柴田大知騎手

06年、07年は年間未勝利。先の見えないどん底も味わった。自然と過去の苦悩がフラッシュバックし、レース後のインタビューでは大粒の涙があふれてきた。「結婚もして子どももいたので必死でしたね。障害に乗るのも何の抵抗もなかった。とにかくジョッキーをやりたかった。中途半端では辞められないと。今までの思いが全部あふれたんだと思います」。さらに「覚えてないけど、意外と予定したことは自然と話せてましたね」と、前夜に勝利とインタビューの言葉をイメージしていた。

はい上がるチャンスをくれたのはマイネル軍団の総帥、故岡田繁幸氏だった。少年のように夢を語る姿、馬に対する熱い情熱にとにかく勝利で応えたかった。「なかなか結果を出せない中で乗せてくださった。うまくいかなくても怒られたことがありません。人柄も素晴らしい方。やっと結果を出せたなと。感謝してもしきれません」。早すぎる死を惜しみながら「またマイネルさんの馬で大きいところを取りたい」と心に誓う。

マイネルホウオウは今、東京競馬場で誘導馬をしている。「すぐ会えるのはいいですね。競馬場では大体会って、よくハナをなでてますよ。今があるのもホウオウのおかげ。僕を助けてくれた存在です」。忘れられない1頭は、柴田大騎手の近くで力を与えてくれる。【井上力心】

◆マイネルホウオウ 2010年4月23日、北海道新冠町のヒカル牧場生まれ。父スズカフェニックス、母テンザンローズ。栗毛、牡。馬主はサラブレッドクラブ・ラフィアン。通算成績28戦4勝。13年のダービー15着後、秋の始動を目指していた時に屈腱炎のため長期休養。15年に復帰して17年11月のキャピタルS18着を最後に現役を引退した。東京競馬場での誘導馬デビューは18年。