ある1本の映画が運命を変えた!? モンテディオ山形の相田健太郎社長(48)は、来年1月で就任5年目を迎える。もともとはサッカー選手のエージェント(代理人)志望で、その夢はかなわなかったものの、大学卒業後からスポーツ業界でキャリアを重ねて現職に。「モンテディオ山形 未来を懸けて」第4回は、同社長のこれまでの歩みや新スタジアム建設などについて聞いた。【取材・構成=山田愛斗】
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J2山形の「ザ・プレジデント(社長)」! 山形県南陽市出身の相田氏は、19年1月に山形の社長に就任した。大学卒業後からスポーツ関連の仕事に携わってきたが、経営者になる未来は想像していなかったという。それでも、縁あって地元クラブのトップになり、「生まれ故郷でお仕事できるのは幸せなことだと思っています」。喜びを感じながら日々働いている。
これまで毎日コムネット、フットボールクラブ水戸ホーリーホック、楽天野球団、楽天ヴィッセル神戸でキャリアを積んできた相田氏に、会社員から経営者に転身する転機が訪れる。プロ野球楽天時代に親交のあった山形関係者を通じ、社長就任を打診された。まさかのオファーに「迷いはしました。でも、なかなかいただけるお話ではないので。『失敗したらどうなるのかな』という想像もしようとしたんですけど、分からなかったんです」。妻にも相談したが、結局30分ほどで「やります」と受諾した。
サッカーに打ち込んでいた大学3年時に見た1本の映画が、スポーツ業界への入り口となった。トム・クルーズ主演でアカデミー賞なども受賞した「ザ・エージェント」。大手スポーツマネジメント会社に所属していたトム・クルーズ演じる主人公が、利益至上主義を掲げる会社の経営方針に「NO」を突きつけ、解雇となって独立。唯一の顧客でピークを過ぎたアメリカンフットボールのベテラン選手をいちずに支え、作品のクライマックスで、その選手が輝きを放ち、スポットライトを浴びるストーリーだ。
就職活動をしていた相田氏はこの映画に感銘を受け、「俺はエージェントになる」と決心する。代理人への最短ルートとして98年4月に新卒で毎日コムネットに入社。主に茨城県波崎地区で学生のサッカー大会を企画・運営する同社で、強豪校の指導者と関係を築き、プロ入りする選手の代理人になることを狙った。しかし、「結局、仲良くなっただけで何もなかったです(笑い)」。目指していた職種にはたどり着けなかった。
「エージェントはいつの間にかクラブ経営になっていました」。約5年勤めた毎日コムネットを退社。03年1月、J2水戸に転職して4年働いた。そして、スポーツビジネスに関わる上で「プロ野球界も見てみたい」と転職サイトを通じて楽天野球団の採用試験にエントリーし、07年1月に入社。17年6月には同球団からJ1神戸へ出向した。
神戸では強化部部長、スカウト部部長、戦略室室長、アカデミー部部長を歴任した。「僕がヴィッセル(神戸)で教わったことはたくさんあって、1年半だけですが、強化のトップに立たせていただいた期間もあり、そういう人たちを支えるときもありました」。神戸が元スペイン代表のアンドレス・イニエスタを獲得した18年5月は戦略室室長で、交渉に直接関与したわけではないが、交渉役だった三浦淳寛スポーツダイレクターの相談に乗るなど裏方としてサポートした。
Jリーグ屈指の経営規模を誇る古巣での経験が、山形の社長を務める上でのベースになっている。「本当にいい時間を過ごさせていただいたのが神戸で、おそらく、あの経験がなければ僕は社長をできていないです」。神戸は元日本代表や海外のビッグネームが続々入団。「誰がどう見てもスター軍団で、僕らがああいうふうにはなれないですが、対抗するチャンスがあるのがサッカーの面白さ」と語る。クラブの規模が大きくなくても下克上は可能。J1に早期復帰し、「イニエスタのような選手を山形の人たちにも見てほしいです」と思い描く。
J1昇格と並行し、25年の完成を目指す新スタジアム建設に力を注ぐ。現本拠地のNDソフトスタジアム山形のある山形県総合運動公園の特設駐車場内に、屋根付きでJ1基準となる1万5000人規模の施設をイメージしているという。どういうものにするのが良いのか、どのぐらいの予算でつくれるか、どういう方々に参画してもらうのが良いのかなどを調整、熟慮中で「次のフェーズ(段階)に入るときの地ならしをしないといけない部分もいろいろあって、今はそこをやっています」と説明する。
練習場やクラブハウスに隣接するエリアにつくることが3月に決定し、そこから目に見える大きな動きはないものの、23年度中には新スタジアムの概要等を話せるようにしたいと考えている。「具体的なことはまだまだ言えないですけど、来年度になると、どういう形、どういうデザインになりますよとかを、ようやくお話ができると良いかなと思います」と準備を進めている。
コロナ禍や円安、原油高の影響で資材の価格が高騰するなどスタジアム完成が遅れるケースも考えられる。「2025年に間に合うかも、ある意味シリアスな部分になりますけど、遅れるとしても『それが5年後、10年後か?』と言われたらそうではなく、1年ずれますとか、そういうレベルの話だと思いますけど、そういった確認作業等も今はしているような感じです」と話す。
新スタジアムを地域活性化につなげる。「クラブのために何かをやるというよりは、それができたことで県内の方たちが『便利になったよね』とか誇りに思える場所になるべきだと思います」。J2のホーム戦は年間21試合。「試合がないときも人が出入り、稼働できている場所にしたいと思っているので、ある意味、街みたいな形にならないといけないと思っています」。最寄りの天童南駅周辺を含め、スタジアムを中心に人が集う環境を整えていく。
山形の社長に就任し、まもなく5年目を迎える。近い将来、大きなミッションを成し遂げるつもりだ。
「J1に行き、スタジアムをしっかり整備する、最低限、この2つは残さないといけないことです。僕は何か才能のある人間ではないので、できるだけ土台をきちんとつくって、後進に譲るべきだと思いますし、そうなった方が何となくいいような気がします。(社長を続けることに)執着はないです。責任を持ってスタジアムをつくる、J1に行くクラブにするとかはやらなければいけないと思っていますけど、その次にどういった発展をクラブがしていくかは、また時間がかかることなので、そこは次の世代の人たちに委ねた方が良いのではないでしょうか」
山形県、クラブにレガシー(遺産)を残すために「ザ・プレジデント」が先頭に立ち、歩みを進める。
◆相田健太郎(あいた・けんたろう)1974年(昭49)5月4日生まれ、山形県南陽市出身。伊奈学園総合、東洋大ではサッカー部。98年4月に毎日コムネット入社。03年1月からはフットボールクラブ水戸ホーリーホックへ。07年1月に楽天野球団に入社し、セールス&ディベロップメント部部長など歴任。17年6月には同球団から楽天ヴィッセル神戸へ出向し、強化部部長兼スカウト部部長、戦略室室長などを務め、19年1月にモンテディオ山形の社長に就任した。



