3大会連続出場の中村美里(27=三井住友海上)は延長の末、優勢勝ちし、北京五輪の銅メダル以来となる銅メダルを獲得した。初戦敗退したロンドン五輪後、手術を受け、長期リハビリへ。そのリハビリ施設にいたサッカー選手との出会いをきっかけに、意外な特技を磨くことになる。やみつきになった特技が、自分の目をリオ五輪に向けてくれた。

 ◇ ◇

 7月31日、出発の空港で悔しそうにしながらも笑顔で話す中村がいた。「結局記録を更新できなかったんですよ。くっそ~」。記録とはサッカーボールを使ったリフティングの回数。自己記録731回は驚くべきだが、ブラジルに行く前にそれを超えることを至上命令にしてきた。だから、「500回くらいまでしかいけなかった。あ~あ」となんとも口惜しそうに機上の人になった。

 柔道とは一見関係ないように思えるリフティング1つを取っても、ロンドン五輪で初戦敗退してからの4年間の歩みがしっかりと刻まれている。「ロンドンの時は1つに集中しすぎた。いまはそんなにこれだけという感じではなくて、自分の課題だったり対策だったり、技を磨いたり、いろんな事を見えているので良いと思います」。視野の広さ。それは畳の上だけにこだわらない。ロンドン後すぐにリオデジャネイロを目指したわけではない。「まずは人生を支障なく送れるように」と、その3年前に断裂した左膝前十字靱帯(じんたい)の再建手術を受け、長期のリハビリに生活に入った。そこで「いろんな事」が見えてきた。

 都内のリハビリ施設で交流したのは他競技の選手。バレーボール、フェンシング、スキーなど。競技環境の差を聞き、恵まれている柔道の現実を初めて知った。仲間がどんどん増える中、サッカーの選手からコツを教えてもらったのが、リフティングだった。「1回1回手で持って、同じところに上げる。ずっと同じところに」。もともと中学時代に足技向上を狙った父一夫さん(53)から、「相手のどこに足を当てたいのか。リフティングはいいところに当てないと上がってこない。確実に刈りたいところに足がいくように」と勧められていたが、本格的に再開すると、やみつきになった。

 1日1回自己記録を超えることを目標にすると、今年の初めには731回に。本人は「柔道とつながっているかは分からない。集中力はつくと思います」と話すが、持ち味だった足技のキレ味がリフティング回数の増加に呼応するように復活してきたのは、決して無縁ではないだろう。

 リハビリ施設で第一線に復帰していく仲間たちの試合を見に行くと、「次は美里だね」と声をかけられた。「そうだね」と答える自分の自然な返答に、人生計画にはなかったリオでの3度目の夢舞台がはっきりと見え始めた。そして、迎えたブラジルでの決戦。「最初の2年は手術してリハビリとか柔道から離れた期間が長かったですけど、その期間が新鮮であらためて柔道に向かう気持ちが高まった2年間で、そのあとはリオに向けてやろうと。いい4年間だった」。

 ◇ ◇

 3位決定戦を終えて「苦しい試合でしたが、最後まであきらめず戦いました」と悔しさ交じりに語った。金色ではなかった。しかし、あのリハビリ仲間との出会いが柔道人生の道の先を照らしてくれ、中村の首には8年ぶりのメダルがかかった。柔道を離れた時間が、表彰台から日の丸を見つめるほんの数分間をくれた。表彰式後、はっきりとした声で言った。「いろんな経験をしてとったメダルなので大切にしたい」。