23日開幕の東京オリンピック(五輪)に向けて、静岡県勢代表選手の活躍に期待が高まっています。日刊スポーツ静岡版は、県内でプレーしていた時代やこれまでを知る恩師を取材。「恩師が語る 県勢代表選手のここがすごい!!」と題して、今日から3回連載でお届けします。第1回は野球日本代表「侍ジャパン」に初選出された岩崎優(30=静岡市清水区出身、清水東高出、阪神)。高校時代に指導した羽根田暢尚(のぶひさ)氏(56=現駿河総合高副部長)が教え子の魅力を明かしました。【取材・構成=神谷亮磨】

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岩崎は甲子園出場経験はなく、高校3年時の夏の大会でも2回戦敗退だった。未完の大器はプロ野球選手になる夢を掲げ、国士舘大を経て阪神に入団。当時から「努力の天才」だった。

-高校時代は

羽根田氏 やれと言ったことは絶対に嫌とは言わなかった。シャドーピッチングを1000回振れと言ったら1000回必ず振る。10キロ走れと言えば、10キロ以上走ってくる。そういう忍耐力を兼ね備えた努力家でしたし、人の話を聞き入れる素直さと意志の強さを持っていました。

-印象深いことは

羽根田氏 清水東は進学校なので、入学したら必ず個人面談をする。その時に「プロに行きたい」と言ったのは岩崎が最初で最後。自分の夢をはっきりと言えるシンの強さみたいなものを感じました。

-高校では目立った成績を残せなかった

羽根田氏 最初は中学生に教えている感じでした。未完も未完。熱中症になったり、肺炎になったり。体は丈夫な方ではなかったけれど、とにかくしなやかだった。何といっても7歩以上あるストライドが魅力。その特徴を生かすために徹底した体幹作りをやりました。3年間で体重は10キロ以上増え、握力も50キロから75キロぐらいになり、7秒だった50メートル走も6秒台前半で走れるようになった。いろんなことをスポンジのように吸収し、どんどん成長したと思います。

-性格も真面目だった

羽根田氏 口数は少なく、おとなしい。今もそう。私がLINE(ライン)で長文を送っても、返ってくる言葉はいつも一言、二言。ただ、口数に表れない意志の強さを感じる。高校生なのに大人びている感じ。4学年上にいた(サッカー元日本代表の)内田篤人と同じ雰囲気がありました。

-大学を経てプロになった

羽根田氏 高校で土台を作り、大学でも努力をして花が咲いたと思う。努力を継続できる忍耐力が今の彼を作っている。任された仕事を責任もってやり遂げる姿勢は、今も昔も変わっていない。その気持ちでこれからも頑張ってほしいです。

◆岩崎優(いわざき・すぐる)1991年(平3)6月19日、清水市(現静岡市清水区)生まれ。清水四中で軟式野球を始め、清水東高から国士舘大に進学。大学4年間で通算10勝8敗。13年ドラフト6位で阪神に入団。17年に先発からリリーフに転向。19年から2年連続で防御率1点台。185センチ、89キロ。左投げ左打ち。

<東京五輪・野球日本代表の1次リーグ日程>

◆28日正午 ドミニカ共和国戦(福島市・あづま球場)

◆31日正午 メキシコ戦(横浜スタジアム)