近年、性別や競技にかかわらずアスリートの脱毛が当たり前になりつつある。東京オリンピック(五輪)柔道男子90キロ級代表の向翔一郎(25=ALSOK)もその1人。「脱毛=身だしなみ」だけでなく、そこには毛と競技力の意外な関係があった。【取材・構成=峯岸佑樹】

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柔道選手が脱毛!? 一昔前なら考えられなかったことだ。さらに毛深くない塩顔の向がなぜ…。謎は深まるばかりで、気になったので本人を“直撃”した。

向は開口一番、「柔道家ではたぶん自分が一番早いと思うけど、最近は脱毛をしている柔道選手も多い。他競技を見ても、美容室や肌のケアと同じ感覚でやってる」とさらりと言った。

きっかけは2年前。知人に誘われて、都内の店舗に月1回ペースで通い始めた。体毛は薄いが「肌が弱いのが弱点」で、ひげ剃(そ)り後の肌荒れ防止のために顔周りを中心に脱毛する。周囲では、テーピングを剥がす際の痛み軽減を理由に腕や足を脱毛する選手が多いという。ストレスで肌荒れも起こすため美容外科にも通う。入浴後などには、お気に入りの化粧品で入念に手入れするほどの徹底ぶりだ。

美意識の高さが、競技人口の普及や競技力向上の問題解決の糸口になる可能性があると主張する。いまだに「柔道=汗臭い」の根強い偏見はあり、「だからこそ清潔感が大事。自分の場合、身だしなみ以上の個性を出してしまうが、『強さ+かっこいい』と思われる日本代表が増えれば、柔道のイメージも変わると思う」と力説した。そのお手本の例として、常にダンディーな雰囲気を漂わせる男子代表の井上康生監督や、個性を大事にするスノーボード五輪2大会連続銀メダルの平野歩夢らを挙げた。

一方で、格闘技である柔道は相手を威圧する容姿も大きな武器となる。「胸毛が生えている選手は強い」との持論を持つ向は、大学院に進学して「胸毛と競技力の関係」を研究する考えもあった。「非常に興味深いテーマ。いつかはこの関係を検証して、答えを導き出したい」と、今も研究願望を抱く。

コロナ禍以降の国際大会は、代表最多の3戦に出場して経験値を上げた。現在は猛稽古に励んだ日大時代の「初心」をテーマに、3カ月後の大舞台に備える。「目立つのは畳の上。胸毛がなくても強いことを証明する。向翔一郎の柔道スタイルを突き詰めて頂点に立ちたい」。柔道界の異端児が、自分らしさを貫き一世一代の大勝負に出る。

東京五輪男子100キロ級代表のウルフ・アロン(25=了徳寺大職)は近年、トレードマークの胸毛に悩んでいた。17年世界選手権直前、約15キロ減量した肉体美を披露する目的でバリカンで胸毛を刈って初優勝した。これを機に「毛がない=けがない」との験かつぎで、翌18年大会でも剃ったが5位に沈んだ。「結果と胸毛は関係ない」と受け止めた一方、女性ファンから「胸毛だけは剃らないで」と書かれた手紙をもらい悩んだ。

ある日、知人から「胸毛を剃ると生やすのに力が必要らしい」と聞いて、19年全日本選手権は体力温存の意味を込めて剃らずに臨んだ。そのかいもあってか、初の全日本王者の称号を手にし「胸毛はむしろ武器。五輪では名前の通りワイルドな感じでいく」と決意。姓のウルフを表すように25歳のオオカミは、金メダルという“獲物”を狙っている。

競泳選手は、当然のように体毛に気を使っている。東京五輪代表で男子400メートル個人メドレー井狩裕貴(20=近大イトマン)は、レース前夜に全身を剃り上げる。風呂場に入って、まずは「マイバリカン」で丸刈り。かみそりで手足の毛を剃り、背中の毛は仲間に剃ってもらう。45分間の「剃毛(ていもう)ルーティン」が、勝負レースへのスイッチだ。井狩は「音楽もいつもルーティンがあって、それをかけてやってます。水の抵抗が減る、物理的に軽減させる意味はあります」。丸刈りの20歳は、瀬戸大也とともに五輪メダルを狙っている。

■ベッカム氏の美意識 メトロセクシュアルブーム 日本エステティック振興協議会は、男性脱毛の背景に関してさまざまな要因があると分析する。アスリートの場合、競泳は水の抵抗を防ぎ、フィギュアスケートは見た目の美しさ、サッカーやラグビーは外傷時の短時間処置の理由がある。欧米ではエチケットとして浸透しているが、国内では00年頃の「メトロセクシュアルブーム」が脱毛熱の火付け役となった。外見や生活様式へ強い美意識を持ち、その代表格がサッカー元イングランド代表のベッカム氏だ。ファッションの多様化も進み、短パンやクールビズにより半袖ワイシャツを着用する日が増えて一般男性にも拡大。コロナ禍でのオンライン会議で、自身の顔を見る機会が増加したことも一因と推測する。同協議会担当者は「自己投資の変化もあり以前の車などのモノではなくなってきた。年齢問わず美容に関心を持つ男性が増えている」と話した。

■5年で2倍以上の伸び エステサロン大手「TBCグループ」は、男性専門店を99年にオープンした。現在は全国に48店舗を展開し、同社広報は「脱毛の新規申し込み件数はこの5年で2倍以上。時代とともに変化し、ひげの場合はデザイン脱毛などオシャレ目的も増えている」と説明。オーストラリアでサッカー選手として活躍した湯沢大佑さん(28)は昨年9月、都内に美容サロン「ORO」を開業した。現役時代に全身脱毛を経験し「むだ毛処理が不要になり、日々の時短生活につながる」とメリットを強調した。

◆向翔一郎(むかい・しょういちろう) 1996年(平8)2月10日、富山県生まれ。6歳で柔道を始める。富山・高岡第一高-日大-ALSOK。17、19年選抜体重別優勝。19年世界選手権銀メダル。左組み。得意技は背負い投げ。趣味は愛犬の散歩。容姿はカズレーザーに似ている。178センチ。