競技の奥深さや魅力をスペシャリストに聞く「教えて○○さん」第2回は空手。東京オリンピック(五輪)で初採用された空手の形について、現在は全日本空手道連盟の選手強化委員長を務める元世界選手権優勝者の宇佐美里香さん(35)が指南します。東京五輪開幕まであと1カ月。「世界一美しい形」と称された元世界女王に、競技の基本や観戦する上でのポイントなどを聞きました。【取材・構成=奥岡幹浩】

 ◇ ◇ ◇

<架空の敵をイメージ>

空手には組手と形の2種目が存在する。2人の選手が直接向き合って戦う組手に対して、形は選手が1人ずつコートに立ち、見えない架空の敵をイメージしながら攻防を演じる採点競技だ。

宇佐美 演武する形は世界連盟が認定した102種類の中からラウンドごとに選択します。1つの大会で同じ形を使うことはできず、試合ごとに替えなければなりません。1回戦から決勝までどの形を用いるかを前日に決めて大会に臨むこともあれば、次の試合の相手によってその都度決める場合も。

技術点と競技点の2方面から採点される。得点の7割を占める技術点は<1>立ち方<2>技<3>流れるような動き<4>タイミング<5>呼吸法<6>極め(きめ)など、さまざまな項目から総合的に判断される。

宇佐美 例えば「立ち方」とひと言でいっても、「前屈立ち」や「猫立ち」、「四股立ち」など、前後の足の位置や角度などによっていろいろな名前が付けられています。それぞれ正しい姿勢を取って立てているかどうかは、重要ポイントの1つです。

一方、得点の3割が割り当てられる競技点は<1>力強さ<2>スピード<3>バランスなどが重視される。

 

◆チャタンヤラクーサンクー?

東京五輪金メダル候補である清水希容の“勝負形”がチャタンヤラクーサンクー。「糸東流の最高峰」と呼ばれ、同じ流派の宇佐美さんも現役時代、大一番で何度も演武した。序盤から次々と技が繰り出され、スピードが求められることが特徴の1つだ。

演武時間は約2分半。3分を超えるものもあるとはいえ、「常に素早い動きが求められるだけに、体力が必要」と宇佐美さん。低い姿勢から高い姿勢へと素早く移る上下運動などもあり、終盤にかけてどんどん体力が消耗されていくが、「苦しくなっても、それを表情には出せない」と、美しい演武の裏側を解説する。

大舞台の決勝で、何度もこの形を演武してきた清水。東京五輪で、最高のチャタンヤラクーサンクーを披露する。

◆形の採点

7人の審判によって勝敗が判定される。技術点と競技点について、各審判はそれぞれ5~10点(0・2点刻み)で採点。それぞれの点数は技術点7割、競技点3割で計算される。そのうえで上下各2審判によるスコアは除外され、中間の3審判による合計スコアが選手の得点となる。19年1月から現行ルールに変更され、それまでは審判員5人による旗判定だった。

◆採点に先入観?

審判員の目を通じて勝敗が判定されるのが採点競技。実績のある格上選手ほど有利となるような傾向はないのだろうか。宇佐美さんは「そうした先入観は一切ないですね」。むしろ有力選手ほど、審判から要求されるレベルが高いのではとも話す。「もちろん公平な視線であることが大前提。ただチャンピオン選手に対しては、審判員も無意識のうちに、前回より上達しているかを求める部分があるかもしれません」。日本選手権を4連覇した宇佐美さんは、優勝回数を重ねるごとに、さらなる高みを目指すことを周囲から求められたという。連勝を重ね、東京五輪でも金メダル最有力とみられる喜友名諒については「王者として、常に進化している」と評価した。

◆間違えたりは?

大事な試合となれば、通常以上に緊張感が高まるもの。ときには頭が真っ白になり、演武中に技を繰り出す順番を間違ったりすることもありそうだが、宇佐美さんによれば「そういうことは、まずありません」。毎日の稽古を繰り返す中で、次の動きを身体が自然と覚えているようだ。

とはいえ、自身が審判を務めた国内の県大会では、あるジュニア選手がうっかり、試合前後に行うべき「お辞儀」を忘れた場面に遭遇したことも。「一礼することはルールに定められています。そのときは7人の審判員で確認したうえ、選手の得点は0点になりました」。礼に始まり礼に終わることを重視する武道ならではのエピソードといえそうだ。

◆メークは?

化粧を施して形の試合に臨む女子選手は珍しくない。「演武を通して自分を表現するうえで、メークもある程度は大事な要素です」と宇佐美さん。「私の現役時代だと、学生時代はすっぴんで大会に出ていましたが、社会人になってからメークの勉強もするようになりました」。採点ではもちろん演武そのものが重視されることは間違いないが、フィギュアスケートやアーティスティックスイミング同様、印象度を高める狙いがある。「とはいえ、あまりに化粧が濃すぎると逆効果。ほど良い加減が肝心です」。

 

◆宇佐美里香(うさみ・りか)1986年(昭61)2月20日生まれ、東京都葛飾区出身。帝京高から国士舘大を経て、鳥取県教育委員会へ。全日本選手権で4連覇を含む5度優勝、12年パリ世界選手権制覇。同大会決勝の形演武は動画サイトで1700万回以上再生されるなど、「世界一美しい形」と称された。日本代表形コーチなどを務めたあと、今年5月より全日本空手道連盟の選手強化委員長に就任。