57年前の東京オリンピック(五輪)男子400メートルリレー代表の浅井浄さん(81)は、同種目でのメダルを「取れるんちゃいます?」と当たり前のように期待する。

関学大出身。同大から初めて男子100メートル代表で出場する多田修平(25=住友電工)の先輩にあたる。その多田がリレーでは第1走を担うのが決定的だ。浅井さんらは準決勝で敗退したが、08年北京、16年リオデジャネイロは銀メダル。「10秒台4人でね。今回は9秒台が何人もおる。流れるようなバトンパスが決まれば」。悲願の金メダルも-という口ぶりだ。

舞台は同じ東京でも、1964年(昭39)は今と何もかも違った。会場は旧国立競技場。レース本番こそ「会場がうわ~んとね。雰囲気がすごかった」。第3走者の位置で、遠くにスタートの号砲を聞き、超満員のスタンドの歓声がどんどん近づいてきた。そんな熱気を、開幕前は感じなかった。「マスコミが発達してなくて、報道は新聞だけ。盛り上がってるんかわからんかったです」。関西在住ということもあってか、変わらぬ日常続きだった。

グラウンドは「土」だった。「反発力が全然ない。滑って力をロスする感じ」。気候で状態がころころ変わるから、鋲(びょう)の長さが違うスパイクを5足も持ち歩いた。カチカチなら約3ミリ、軟弱なら10ミリ以上を使い、五輪では5ミリ前後のものを履いた。

「メダルまでは考えられんかったけど、何とか決勝に残れんかなって」。米国、欧州勢が強く、持ちタイムにかなりの差があった。「出来は良くて、当時の日本記録が出たんちゃうかな。でも、落ちちゃった」。選手が100メートルなど個人種目を優先し、業界全体でリレーへの理解度が低かった。選手4人そろってのバトンパス練習はほとんどできなかった。

「今はいろんな研究して、みっちりやってるけど、私らは“勘”でした。走ってきたら“ああこのへんやな”と。お互いのコンディションが狂ってたら(パスのタイミングも)すぐ狂ってしまう」

総合力を磨ききれず、戦いは準決勝で終わった。半世紀前のことだ。「科学的トレーニングなんてまだまだなくて。“根性でやれ”という時代」と笑う。練習法はそれなりにあった。

スタート強化の30メートル、スタミナ強化で150メートル。50、70メートルも走り分けてはいた。特に旧態依然だったのは走る練習以外、トレーニングだ。

「ドイツからコーチ呼んでやり始めたけど、ただバーベル持ってスクワットやってるだけみたいな感じ。このトレーニングがどの筋肉に効くかなんてなくてね」。多種多様の機器を使い、さまざまな部位を鍛える現在とは違う。器具は「そんなんバーベル1本です」。休憩の取り方も「やれ、やれ」と追い込み「もうしんどいわ。腰痛いわ」となれば「ほな、ちょっと休もか」-。最後は体がガタガタになって帰った。

「食育」の発想も乏しかった。身長167センチ、体重55キロ弱だった浅井さんに、コーチや監督は「もっと食え~」「肉食え~」とハッパをかけた。合宿となれば「すき焼きや!」「ビフテキや!」と牛肉信仰に偏ったメニューが並ぶ。ところが、昼食は幕の内など仕出し弁当が当たり前。栄養価を考慮した“アスリート食”とはほど遠かった。

「当時100メートルで金メダルを獲得したボブ・ヘイズなんか、体形が違いました。ケツなんか(両手を広げて)こんなにあって。車で言えば軽四とスーパーカー。軽四は最初はスッと出るけど、ビヨーンと追い越していきよる。プレ五輪で見たキューバ選手もすごかった。レースの合間、僕らはバナナぐらいしか食べんのに、鶏の生肉かじってた。“こんな連中には勝てん”と思ったもんです」

外国勢との身体能力差を埋める作業が、個人でもチームでも不足していたのは、昔のことだ。「リレーに頑張ってほしい。もちろん個人種目も目いっぱいやってほしいけど…」。当時の100メートルの標準記録10秒4(手動)を切れず、個人種目に出られなかった。厳密に言えば、何度も出したが、出すたびに追い風2メートル超で参考記録になった。

その悔しさがリレーへの思いを強くする。「アスリート食、科学的トレーニングで鍛えて、9秒台がおって、4人そろっての練習もかちっとやってきてるんですからね」。夢の金メダル。57年前の東京オリンピアンは歓喜の時を心待ちにしている。【加藤裕一】

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◆浅井浄(あさい・きよし)1940年(昭15)2月6日、兵庫県生まれ。明石高から関学大。男子100メートルで関西学生4連覇。62年アジア大会代表、63年日本学生優勝。同年8月の近畿陸上で自己ベスト10秒5(手動)をマーク。64年東京五輪の400メートルリレーは3走(1走飯島秀雄、2走蒲田勝、4走室洋二郎)。個人の100メートルは当時の標準記録10秒4を切れず出場を逃す。引退後は阪急ブレーブス(現オリックス)でトレーニング・コーチを務め、福本豊らを指導。167センチ、60キロ。足のサイズは24・5センチ。