女子タイムトライアル(運動機能障害C1~3)で、初出場の杉浦佳子(50=楽天ソシオビジネス)が金メダルを獲得した。作戦通りのレース展開で、序盤から快走。トップの25分55秒76でゴールに飛び込んだ。事故の影響で本格的に競技を始めてから、わずか4年。50歳の新星は地元静岡で快挙を成し遂げ、夏冬通じてパラリンピックの日本勢最年長金メダルリストとなった。

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「ゴールの向こうには栄光が待っている。自分はただそれに向かって走ろうと全力疾走しました」-。最後の直線。残り200メートルを切った時、杉浦がサドルから腰を上げた。全力でペダルを踏み込む。最後の力を振り絞り、ゴールを走り抜けた。

「疲れで後半はスピードが落ちたような感覚があった。何とか銅メダルかな」。レース直後の自身の感覚とは対照的に、電光掲示板にはトップのタイムが。コロナ禍で大会延期が決まった1年前には、引退も考えた。胸にかかった金メダルを見つめ、「本当に重い。1人で取ったメダルじゃないから、これだけ重いんだな」とかみしめた。

2年前から昨年にかけて富士スピードウェイに頼み、営業時間外に2~3度試走を重ねた。コーチからの助言をコース図に詳細に書き込み、前日8月30日の夜にイメージトレーニング。スタート直前にも目を通し、レース中も“呪文”のように頭の中で唱え続けた。

「練習で走った映像、コーチが何度も繰り返しくれた指示の声を頭に浮かべた。計画通り、下りとテクニカルなコーナーでは足を休めて、それ以外は全開でいきました」。16年に参加したロードレース中の事故で、脳には記憶が途切れる高次脳機能障がいが残る。事故直後は自分の父親をも認識できず、大好きだった宮部みゆきの小説は漢字が読めずに挫折。小学生レベルの計算ドリルからリハビリを始めたという。繰り返しの作業で記憶力の壁と向き合ってきた。周囲に支えられながら必死に頭にたたき込んだ戦略が、快挙につながった。

最年長での金メダルについて「最年少記録は2度と作れないけど、最年長記録はまた作れますね」とおどけた。ただこの日、「もう最後でいいかな?」と、大会後の引退も示唆した。3日には、現役最後の可能性があるロードレースが控える。「コーチ陣もみんな、ロードレースのゴールテープを切る佳子を見たいと思っている。その期待に応えたいな」。50歳の金メダリストは、2冠に向けてもう一踏ん張りする。【前田和哉】

◆杉浦佳子(すぎうら・けいこ)1970年(昭45)12月26日、静岡県掛川市生まれ。掛川西-北里大薬学部。卒業後は薬剤師として働きながら趣味でトライアスロンの大会に参加していたが、16年4月のロードレース中に転倒。高次脳機能障がいと右半身にまひが残った。17年にパラサイクリングに転向。主な成績は17年世界選手権タイムトライアル、18年世界選手権ロードレースで優勝。156センチ。

◆自転車競技(ロード)の個人ロードタイムトライアル 出場選手が1人ずつ出走してゴールタイムの速さを競う種目。一般的なロードレースが一斉スタートで行われ、チーム単位の戦略と戦術、また選手間の協力や駆け引きがレース展開を左右するのに対し、個人の走力を競う。女子個人の運動機能障害のクラスは、1周8キロのコースを2周する16キロで争われた。