歩んできた人生は苦難と絶望ばかりだった。ただ諦めず、前を向き続けてきた39歳。大矢勇気(ニッセイ・ニュークリエーション)が銀メダルを獲得した。男子100メートル(車いすT52)で17秒18。得意のスタートは「少し滑った」というがリードした。最後はマーティン(米国)に抜かれるも、他の追随は許さず。「無我夢中で走った。最高。いい経験をさせてもらった」。やっとたどり着いた初の大舞台で輝いた。

中学3年の15歳で脳腫瘍を発症し、脳に高次機能障害を負った。その1年後。定時制高校に通いながら、家計を支えるべくビルの解体現場で働いていた時、22メートルの高さから転落。脊髄を損傷した。両手指にもまひが残る。24歳で陸上を始めたが、重い障害がある選手特有の床擦れに悩まされ、長い入院生活も強いられた。

12年ロンドン大会も出場も狙えていた。だが、選考会は欠場した。その日、絶望の淵にいた自分を支えてくれた母が62歳で肺がんにより他界した。この日の銀は「世界を目指せ」と言ってくれた亡き母にささげるメダルでもあった。「本当は金メダルで見せ、恩返しをしたかったが、喜んでくれるのではないか」。明るく言葉をつむいでいた大矢の声は、この時だけ少し震えていた。【上田悠太】