サウジアラビアで体験した「完全アウェー」は、強烈に印象に残った。

 今月5日、日本代表がサウジアラビア・ジッダに乗り込んで行われたW杯最終予選の最終戦。すでにW杯出場権を獲得済みの日本とは違い、サウジアラビアはW杯出場権のかかった大一番だった。電車などの公共交通機関がなく、集まった6万2165人の観衆は、車か徒歩でジッダ国際空港から約3キロに位置する、会場のキング・アブドゥラー・スポーツ・シティーに向かう。当然、大渋滞が起こり、いらだちや焦りなど、感情が高まった状態で試合開始。数百人の日本人サポーターを除くと、観衆は限りなく100%近く男性という異様な雰囲気で試合は始まった。

 それでも、膠着(こうちゃく)状態のまま0-0で終えた前半は、振り返ってみれば観衆はおとなしかった。この日の入場券は、サウジアラビアのサルマン皇太子が買い占め、国民に無料開放していた。そのため、会場内には入ることができても、コンコースから実際に座席へと通じる扉をこじ開けようとする観衆と、入場制限する警備員の押し合いへし合いこそあったが、全体的にはマナーが良い印象はあった。応援にも一体感はなく、まばらな声援や拍手が起きている程度だった。

 そんな状況を一変させたのが、この試合で両チーム唯一のゴールを奪うサウジアラビアFWファハド・ムワラドだった。今月14日に23歳になる人気選手は前半、ベンチに控えていた。ハーフタイムに、F・ムワラドがウオーミングアップでピッチに登場すると、ついに割れんばかりの大歓声が起きた。スピードが武器のスーパーサブが、ハーフタイムの最後まで1人ピッチに残ってダッシュを繰り返すと、登場を期待する観衆から一段と大きな歓声が起きた。誰もが「この選手がキーマンなんだな」と分かるほどの期待感が充満していた。

 すると後半、サウジアラビアサポーターの応援は、前半とは比にならないほど一体感が生まれていた。日本代表がスタンド近くに来ると、液体入りのペットボトルが次々と投げ込まれるなど、荒れた雰囲気に変わっていった。後半開始から出場したF・ムワラドがボールを持つと、一斉に総立ちになった。そして後半18分、F・ムワラドのゴールが生まれると、スタジアムは揺れ、大合唱に包まれ、ウエーブまで起きた。

 以前、大相撲を担当していた際、明徳義塾高出身の元大関で現前頭筆頭の琴奨菊から、同高野球部の馬淵史郎監督に「空気が変わる瞬間が、はっきりと分かることがある」と授業で教わったと話していたことを思い出した。同監督が、その授業をするまでに経験した2度、空気が変わる瞬間を味わったのは、星陵(石川)松井秀喜への5打席連続敬遠の試合と、横浜(神奈川)松坂大輔が試合途中からマウンドに上がった試合だという。観衆の熱量が、結果を大きく左右するということを、スタンドにいながら知った。ヒーローインタビューなどでよく聞く「サポーターの声援のおかげで勝てました」といったコメントは、けっして建前ではない。心からの感謝なのだろう。【高田文太】


 ◆高田文太(たかだ・ぶんた)1975年(昭50)10月22日、東京都生まれ。99年入社。写真部、東北総局、スポーツ部、広告事業部を経て、今年4月から12年ぶりにサッカーを担当。J1横浜、柏、J2湘南、千葉などを担当。社内では1、2を争う大食いと自負している。