「喜怒哀楽の爆発じゃないかな」。

昨年1年間、Jリーグ村井満チェアマンのコラム「無手勝流」を担当した。毎回、テーマ設定をするために行った打ち合わせでは、紙面では伝えきれないほど、具体的な経験談も絡まった含蓄とユーモアのある興味深い話を、ざっくばらんに拝聴させてもらった。

その中で「サッカーの魅力」について執筆してもらった回がある。(https://www.nikkansports.com/soccer/news/201902220000048.html)。「サッカーは人間が足を使うスポーツなので失敗ばかりする。人間社会も同じように映る。会議でのプレゼンに失敗しちゃった時とか、人間は結局失敗ばかりする。心も折れる。サッカーはその何倍も失敗して心が折れ続けるスポーツともいえる。だから1得点に叫び声が上がる。現代社会、日常生活とも近いものを感じるんです」。サッカーの魅力とは-。この問いの答えは人それぞれで、すべてが正解だと思う。ただ、村井チェアマンのこの言葉はすとんと心の深いところに落ちて共感できた。

7月11日、等々力のスタンドでJ1川崎フロンターレ-柏レイソル戦を取材していると、村井チェアマンの言葉が頭に浮かんできた。前日10日から、新型コロナウイルスの影響で中断していた有観客試合が実施された。上限5000人もしくは収容人数の50%の少ない方という人数規制はあるものの、スタンドにサポーターが戻ってきた。新型コロナの感染拡大防止のため、声援や鳴り物などの応援は禁止。行き場のない「喜怒哀楽」がスタジアムに充満するのかと思いながらキックオフを迎えた。

だが、スタンドからは解放された「喜怒哀楽」が静かにピッチに注がれていた。得失点シーンだけでなく、好プレーや激しいコンタクトプレーなどが起きると、川崎Fサポーターはタオルマフラーを掲げる新応援スタイルと拍手で感情を表現。アウェーサポーターは入場できない状況だったが、相手の柏のゴールにも拍手が起こった。安全のためのルールを順守しながらサッカーを楽しもうとしている空気が、そこにはあった。

感染拡大を防ぐことが何よりも最優先されることは、これまでも、これからも変わらない。その中で、サッカーが失われた非日常から、無観客でのリモートマッチ、制限員数での有観客試合と、1歩ずつ慎重に歩を進めてきた。世の中の状況次第だが、今後どうなるかは不透明で、誰もが「喜怒哀楽」を完全に解放できる日はまだまだ先になるかもと、どこかで覚悟している。最悪の場合、歩みを止める決断をせざるを得ない日が、再び来るかもしれない。だがスタジアムで、画面越しで、「喜怒哀楽」を爆発させるまではいかなくとも、少しでも解き放てることが、いかに幸せなことかがあらためて身に染みた。プレーヤーとファンの「見る」「見られる」という関係が、プロスポーツにおいていかに重要なことかを夜空の下で実感した。

試合後、川崎FのDF谷口主将は「あまり声が出せないということで拍手で反応してくださり、それだけでもいいな、サポーターの前でできるのは幸せと感じながら試合ができた。Jリーグとしても人が入ってできたのは大きな1歩になると思う」と感謝の念を胸に、喜びをかみしめた。こういう状況の中で試合に臨む選手やスタッフ、試合開催に携わる全ての人の努力を、決して無にしてはいけない。近い将来に「喜怒哀楽」を爆発させられる日が戻ってくると信じながら制限を守り、今は現場で見られない人々の思いも背に、選手をはじめピッチに関わる人々の「喜怒哀楽」を、より丹念に紡いでいきたい。【浜本卓也】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「現場発」)

◆浜本卓也(はまもと・たくや)1977年(昭52)、大阪府生まれ。03年入社。競馬、競輪担当から記者生活をスタート。静岡支局、サッカー、K-1、総合格闘技、ボクシングなどあれこれ渡り歩き、直近はプロ野球を担当。18年12月にサッカー担当に復帰した。自粛期間中はふと植物の栽培に目覚め、愛でる日々を過ごす。

7月11日、等々力の外周には観戦を待ちわびた多くのサポーターが集まった
7月11日、等々力の外周には観戦を待ちわびた多くのサポーターが集まった