「諸先輩からヒントをいただきました」。森保監督が目を輝かせたのは18年10月に行われたメキシコ五輪50周年パーティーの時だった。元代表監督の横山謙三氏、釜本邦茂氏、松本育夫氏らから話を聞いて「歴史は大事ですね」とも言った。

「先人たちが培ってきたものを受け継ぎ、発展させて次の世代につなげること。それも代表監督の大切な役目」と、使命感を口にする。日本代表が勝つことと同時に、日本サッカー全体が強くなること。森保監督には、壮大な理想がある。

「ドーハの悲劇」のオフト監督から数えて延べ12人目の代表監督。トップが代わるたびに、代表のサッカーは変わった。緊急就任だった岡田武史監督や西野朗監督は別として、多くの外国人監督は前任者のチームを否定することから始めた。

「勝って結果を出す」ことだけを考えれば、それも当然。監督の色を分かりやすく出さないとチーム作りは難しい。ただ、そこに継続性はない。「日本サッカーの発展」など考える余裕もない。

森保監督は違う。W杯ロシア大会後にコーチから昇格。近年でコーチから昇格したのは最終予選途中で代わった97年の岡田監督ぐらい。チーム作りの初期段階から前任者のチームを引き継いだのは森保監督だけだ。

ベスト16だった前回大会のチームをベースに、少しずつ若手を加え、チームを成長させてきた。自らが経験したドーハでのW杯予選。「最後、守りに入ってしまった」からこそ、選手に「出場権は自分たちでつかみにいくもの」と言い続け、最後まで攻めの姿勢を貫いた。自らも「歴史」を生かして戦った。

W杯は4年に1回来るが、森保監督はもっと長い目で日本のサッカーを見ている。勝ったり負けたりはある。あの歴史のあるイタリアでさえ、予選敗退するのだ。ただ、着実に右肩上がりで成長を続けるためには継続的な歴史がカギになる。

森保監督は「すべてのサッカーファミリーと喜びたい」と言った。日本中がW杯を知り、悲しんだドーハの悲劇を経験したからこそ、みんなで喜びたい気持ちも強い。日本サッカー全体の未来を思うその言葉に、胸が熱くなった。【荻島弘一】

日本代表イレブン(2022年3月24日撮影)
日本代表イレブン(2022年3月24日撮影)