<サッカーai:山梨学院1-0青森山田>◇11日◇決勝◇国立

 前半28分。山梨学院大付DF井上拓臣が相手のボールを奪おうとスライディングしたその瞬間、右足を負傷。そのまま起き上がることができず、担架で運ばれた後、再びピッチに戻ることはできませんでした。

 スライディングをした瞬間に「イヤな音がした」と言い、とても試合に戻れるような状態ではありませんでした。すぐにベンチが動き、DF渡辺圭祐が呼ばれました。渡辺が監督から指示を受けるその間、井上は激痛の走る右足で、何とかピッチに戻ろうと一瞬立ち上がろうとします。ケガをしたという現実を認めたくない。最後までみんなとサッカーがしたい。その一心で立ち上がりますが、両足を地面につけるだけでやっと。吉永コーチが状況を判断し、監督へ交代が告げられました。担架の上で泣き崩れる井上に渡辺は「あとは任せろ」と前半32分にピッチへ。今大会はここまで出番がなかったにもかかわらず、安定したプレーで無失点に貢献しました。

 前半が終わるまでの15分、涙が止まらなかったという井上に、ハーフタイム、ロッカーに戻ってきた選手全員が声をかけました。「このままじゃアカン」と後半は気持ちを切り替え「もうピッチに立つことができないなら、せめて声を出そう」と、後半の45分間はベンチから仲間たちへ声援を送り続けました。

 井上が選手権予選で右SBの定位置を獲得するまで、このポジションにいたのが渡辺でした。「この大会では僕が右SBで出ていましたけど、出られない間もあいつはずっと頑張っていました。渡辺がいなかったら、僕もこんなに頑張れなかった。いつも後押ししてくれる大きな存在だったと思います」。こう語った井上と、渡辺も同じ思いだったのでしょう。試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、誰よりも早くベンチの井上に向かって走ったのが渡辺でした。渡辺と抱き合ったその瞬間、井上の目から45分間必死でこらえていた涙がもう1度あふれ出しました。

 試合後、1人では歩くこともままならないほどに、テーピングで固められた右足を引きずりながら井上は「担架でピッチの外に運ばれた後、すぐに誰かが交代の準備をしているのはわかっていました。だけど、絶対に(代えられるのは)自分じゃないと思いたかった。だから大丈夫だとアピールしたくて立ち上がろうとしたんですけど、立つことすらできませんでした」と負傷した直後のやりきれない気持ちを言葉にしてくれました。この選手権は決勝だけでなく、3回戦でも試合中に負傷し「軽い肉離れのような状態」で痛みに耐えながらも必死でプレーを続けていました。さらに準決勝前に発熱。点滴を打ってフラフラになりながらも、最後まで試合に出たいという強い気持ちが、井上を突き動かしていたのです。それも「この仲間とサッカーをできるのはこの大会が最後」という想いがあったからこそ。「昨日の夜、このメンバーで試合をするのも最後なんだと思っていろんなことを考えました。勝っても負けてもこれが最後の試合。だから精いっぱい頑張ろうって思っていたんですけど…悔しい。ついてないですね」と少しだけ暗い表情を見せたあと、「でも優勝したことが今は素直にうれしい。まだ実感はわきませんけど、山梨でパレードをしたら優勝したと思うのかな」と最後には笑顔を見せた井上。

 閉会式のあとに、バックスタンドで応援団にあいさつに行こうと笑顔で駆け出した山梨学院大付イレブン。その一番後ろには井上を気遣い、背負って走る仲間の姿がありました。井上にとって最初で最後の選手権決勝は悔しさの残る試合。でも、この試合を思い出すとき、そこには必ず仲間の笑顔があるに違いありません。(サッカーai編集部・阿部菜美子)