日本代表の森保一監督(57)は15日、都内でワールドカップ(W杯)北中米大会の代表メンバー26人を発表する。三笘薫(28=ブライトン)ら故障者が続出する中で、サプライズはあるのか。過去のメンバー発表を振り返る。

 

▼98年フランス大会 スイスでの直前合宿中に、25人から22人に絞る2段階選考。岡田武史監督が「外れるのはカズ、三浦カズ」とFW三浦知良(V川崎)の落選を通告。失意のカズは髪を金色に染めて帰国し「代表としての誇り、魂みたいなものを向こう(フランス)に置いてきた」。

▼02年日韓大会 トルシエ監督は代表のピッチから遠ざかっていた当時34歳のFW中山雅史(磐田)と31歳のDF秋田豊(鹿島)の両ベテランを選出。一方で、有力視されていたMF中村俊輔(横浜)が落選。

▼06年ドイツ大会 ジーコ監督が最後の23人目の選手を「マキ」と発表すると、会見場に大きなどよめきが起こった。FW巻誠一郎(千葉)が選出され、確実視されていたFW久保竜彦(横浜)はコンディション不良を理由に落選。

▼10年南アフリカ大会 岡田監督はけがで半年以上も公式戦から遠ざかっていたGK川口能活(磐田)を4大会連続で選出。チームをまとめる「ベテラン枠」で招集された。

▼14年ブラジル大会 ザッケローニ監督体制で1度しか招集されていなかったFW大久保嘉人(C大阪)が前年J1得点王の実績を買われてメンバー入り。約2年ぶりの代表復帰だった。

▼18年ロシア大会 西野朗監督が選んだ最終メンバーに大きなサプライズはなし。大会前に30歳になったMF乾貴士(エイバル→ベティス)を含めて30歳以上の選手が8人。平均年齢は初めて28歳を超えた。

▼22年カタール大会 選出が有力視されていたFW大迫勇也(神戸)が3大会連続のメンバー入りを逃した。神戸の本拠地ノエスタに報道陣が45人ほど。主役不在の会見場は重苦しい雰囲気に包まれた。