元日本代表FW柿谷曜一朗(35)が23日、古巣セレッソ大阪の本拠地ヨドコウ桜スタジアムで引退会見を開いた。プロ19年のうち11年間を過ごすなど、下部組織で4歳から育った古巣での会見を自身が希望。あこがれのC大阪森島寛晃社長(52)も同席し、涙あり、笑いありの80分間だった。引退は18日、昨季まで所属したJ2徳島ヴォルティスが発表していた。今後は16年に結婚した丸高愛実(34)と、夫婦でタレント活動などを行う予定。
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引退発表から5日がたち、柿谷の表情は晴れやかだった。昨季まで所属した徳島ではなく、生まれ育った大阪、古巣C大阪の本拠地で引退について語った。
「正直、若い時は(練習に遅刻を重ねる)問題児で、大人じゃないまま選手になって、未熟なままスタートしていた中で、まさか35歳までプレーするとは思っていなかった。ある程度、思っていた活躍はC大阪ではできたと思っている」
年明けに決断した引退の理由は、複数ある。競技人生の後半はアキレス腱(けん)痛に悩まされた。最近のサッカー界が戦術などが優先され、個人が生かされにくい環境にもあったという。
「熱が冷めたわけではないが、新しいステージ、新しい挑戦をしたいことが数年前からあった。(他のJクラブから)いくつかオファーあったが、中途半端でプレーするのは違うなと思い、ここは引退を決めるしかないと徐々になった」
現役時代のライバル、勝てなかった選手については、「彼のキャリア、実績は僕とは比べものにならない」として、06年に同じC大阪でプロ契約を結んだ同期のMF香川真司(35)の名前を挙げた。
今後はタレント活動がメインとなり、東京、大阪が拠点になる。指導者に関して「僕みたいな人間がなるべきではない」「向いていない」と笑う柿谷は、サッカー解説などもあまり興味がないという。
会見では、今後について「サッカー人として、サッカー系の文化人として幅広く活動していければ」と説明も、会見後はぶっちゃけトークがさく裂した。
「(会見で)文化人って言っておけば、いいかなと思って適当に言っただけ。解説はあまり興味ない。(タレントの)奥さんも、いろいろ仕事をやると思うので、夫婦でいろいろ、やっていければいい。それ(CM共演など)で食っていければ最高ですね。やんちゃな感じのイメージを、なくしていかなあかんのかな。(テレビのコメンテーターも)そうですね。今月終わったら給料がないので、お金を稼がないといけない。いっぱい誘ってください」
80分間の取材時間は、ほぼ本音トークを貫いた。質問者との会話のキャッチボールも絶妙のタイミングで行い、時に泣き、時に笑わせた。現役生活で「天才」と呼ばれた男は、タレント業界でも天才ぶりを発揮しそうだ。【横田和幸】
◆柿谷曜一朗(かきたに・よういちろう)1990年(平2)1月3日、大阪市生まれ。4歳からC大阪下部組織育ちで06年にクラブ最年少の16歳でプロ契約。09年6月にJ2徳島、12年C大阪、14年7月にバーゼル(欧州CL出場)、16年C大阪、21年名古屋、23年J2徳島へ移籍。香川らと14年W杯ブラジル大会代表に入り、国際Aマッチ通算18試合5得点。通算はJ1が238試合52得点、J2が234試合30得点、J3が1試合無得点。16年にタレント丸高愛実と結婚し、1男2女。176センチ、68キロ。



