「J2の番人」こと水戸ホーリーホックが、クラブ悲願となるJ1初昇格とJ2優勝を成し遂げた。2-0で大分トリニータに勝利し、2位から逆転優勝。後半1分に茨城出身のFW多田圭佑(23)のヘディングシュートで先制すると、同30分にはMF山本隼大(22)の2試合連続ゴールで試合を決定づけた。94年に地域クラブとして誕生。00年のJ2参入から26季目にしてようやくの「J2卒業」を力強く宣言した。

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異色の経歴を持つ水戸の小島耕社長(51)が、水戸をJ1の舞台に引き上げた。

出版社営業、サッカー専門新聞編集部、映像製作会社を経て、19年に水戸の取締役となった茨城出身。20年7月に沼田前社長からバトンを受け取ってから5年半で、悲願達成した。

元選手の西村卓朗GMとタッグを組み「日本のスポーツ界、日本のサッカー界に一石を投じる存在になる」と取り組んできた。

水戸の24年度売上高は12億2400万円。昇格を争った長崎の23億5200万円の約半分で、潤沢な資金はない。その中で「もちろんサラリーが高い選手を獲得すれば勝つ確率は上がるけど、必ず勝てるとは限らない。僕らは違うやり方で勝つ確率を上げようと思って、やれる範囲の中でやれることをやってきた」と取り組んできた。

重点を置いたのは「育成クラブ」としての立ち位置だった。座学や1対1の面談をして「いろんなものを心の中に背負わせて、ピッチに送り込む。ちょっとしたスイッチが入ることで、選手のレベルは大きく変わる。その切り込みを少しでも入れる機会を作ること」と、粘り強く続けてきた。

若い選手が多く、睡眠や栄養学を重視しない選手もいるが、クラブが学ぶ機会を作ることで刺激を与え、意識改革を促す。それによって選手の能力が開花する姿を目の当たりにした他クラブや学校からの信頼を得た。「選手のバリューを引き上げることを、ブランディングとして持つことができた。水戸に送り込めばある程度形になると思われるようになった」。U-22代表の斎藤ら有望株が獲得できる環境が整ったことで、J2を制覇する選手がそろった。

初めての優勝争いということもあり、終盤は足踏みが続いたが「クラブは毎日が音を立てて成長している感覚がある。選手たちに感謝しながら“その日”に向けて準備をしている」という中で迎えた歓喜の瞬間。独自路線でチーム変革を進めた社長が、水戸の夢だったJ1昇格を現実のものににした。【永田淳】

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