陸上男子100メートルで、日本人で唯一9秒台の自己記録を持つ桐生祥秀(22=日本生命)は、前回足りなかった大舞台で力を発揮できるすべを模索している。16年リオデジャネイロ・オリンピック(五輪)は男子400メートルリレー第3走者として銀メダル獲得に貢献も、男子100メートルでは日本人でただ1人予選落ち。野球やサッカーぐらい陸上をメジャーにしたいとの思いも胸に、日本人2人目となる男子100メートル決勝進出を目標にしている。

 桐生は2年後に迫った東京五輪の目標を明確に描く。「個人種目で決勝に立つ」。そのゴールにたどり着くため、逆算をしている。

 昨年9月に出した自己記録9秒98を五輪の男子100メートル準決勝で出せれば、吉岡隆徳氏以来史上2人目、88年ぶりとなる同種目の決勝進出は現実的となる。問題は、自らのベストパフォーマンスを独特の緊張感の中で出せるか。だから今季は海外勢と戦う機会を増やす。100メートルで今季、出場した大会数は6、うち4は国外だ。「自分の走りができるようになってきた」。と話す通り、記録には表れていないが、格上相手に浮足立つ悪癖は消えつつある。18日のスイスでの国際大会は今季最高となる10秒10の3位を出し、昨夏の世界選手権王者ガトリン(米国)に5回目の直接対決で、初めて先着した。

 リオ五輪男子400メートルリレー銀メダルの熱狂に後押しされ、日本人初の100メートル9秒台は誰かと注目を浴びた。その渦の中心にいた桐生だが、まだ陸上の知名度、文化の成熟度は、野球、サッカーとかけ離れていると考える。東洋大時代。友人に「陸上選手を何人知ってる?」と尋ねたことがある。出てきた名前は決まって3、4人。それが野球、サッカー選手は10人以上もスラスラと挙げられた。

 悲しい現実でもあったが、使命感も芽生えた。卒業後は実質プロの道を選択。「野球、サッカー選手は子どもたちから憧れられる。いい車に乗ったり、いい時計を買ったりというのもあると思う。陸上選手もそんな憧れられる活躍をできるようにしたい」。単純に金が欲しいわけでも、派手な生活を求めているわけではない。陸上のイメージを少しでも華やかにできればとの思いがある。所属先に陸上部のない日本生命を選択したのも、少しでも競技を知ってもらうためだ。

 あの9秒98以降、100メートルは10度走り、10秒0台も出せていない。ジャカルタ・アジア大会(8月)の個人種目での出場も昨夏の世界選手権に続き逃した。日本選手権も3位だったが「ガタガタでゴールしたわけではない」と悲壮感はなく「1回ぐらい目立って、大砲を打ち上げておかないと」と笑う。日本記録保持者という心の余裕がある。ただ、それも結果を出さなければ、慢心とも見られかねないのも事実。その境目は東京五輪の結末に大きく左右される。【上田悠太】

 ◆桐生祥秀(きりゅう・よしひで)1995年(平7)12月15日、滋賀県彦根市生まれ。彦根南中で陸上を始め、京都・洛南高3年の13年4月に100メートル日本歴代2位(当時)となる10秒01を記録。17年9月の日本学生対校選手権では日本人初の9秒台となる9秒98をマーク。400メートルリレーではともに第3走者で、16年リオデジャネイロ五輪銀メダル、17年世界選手権銅メダルに貢献。家族は両親と兄。176センチ、70キロ。