先日、アスリートの先輩で大変お世話になっている、バレーボール元日本代表の大林素子さんに、ある舞台に誘われた。

「MOTHER~特攻の母 島濱トメ物語~」という舞台だ。今年で11年目を迎えるロングランの作品。何度もお誘いいただき、初めて観劇することができた。

大林さんは主人公の島濱トメ役。実話であり、サブタイトルにもあるように、特攻隊の話だ。その攻撃は、死を意味する。

大戦の時代、トメさんは「特攻の母」と呼ばれ、知覧町(現在の南九州市)で富屋食堂を営んでいた。この食堂は陸軍の指定食堂になったため、たくさんの隊員が訪れたという。

また、特攻作戦が始まると、隊員から託された遺書などを全国の家族のもとへトメさんが送ったという。この舞台の中で使用された遺書は全て本物であるというところも、「これが現実に起こっていたのか」と心から実感できるところだ。

戦後、富屋食堂は進駐軍の指定食堂になり、トメさんは米軍兵からも「マミー」と慕われ、お店を切り盛りした。戦時中の日本の隊員にも、「せめて知覧にいる間は」と、出撃するまでの短い時間、実の息子のように接していたという。

そんなトメさんの心の広さを感じながら、悩みは深かっただろうとも思う。戦後74年の時を超えて、豊かになった現代で、この実話は私の心に深く突き刺さった。

当時の特攻隊の年齢は、17歳から20歳。私がその年齢のときは、現役で水泳を頑張ろうと「夢」を描いていた時期だ。競技を続ける中で、迷いもあったし苦しかった。けど、自分の未来のために必死になれることがどれだけ幸せだったかと改めて振り返る。

愛する祖国のために、家族、恋人をおいて、たったひとつしかない命をささげた。しかし戦後、教科書にも載らない「敗北者」として扱われた。

この作品で脚本・演出を手掛ける藤森一朗さんの「本当に彼らは敗北者だったのか」という問いのもと、この作品は描かれている。

劇中、特攻隊員は普通の青年でとてもやさしい。「夢」を語り合う姿はとても輝いて見えるが、とてつもなく切ない。次の日「死」を迎えるのだから。

その夢とは、家族を持ち、子供をつくり、父親として夫として家族とともに歩む人生。恋が始まりそうな特攻隊員もいた。

「明日出撃だ」

そう命令され、国のために散った隊員の行為は、無駄だったのだろうか。

私は最近、このような過去を振り返ることや、世界の紛争地帯を知ったりする機会が多い。共通して流れているのは「平和」への思いだ。

デジタル化が進み、便利になっている現代。これが私は悪いことだとも思わない。いろんなコンテンツに囲まれ、選択できる時代にもなっている。今の日本も大好きだ。

令和時代を迎え、私たちそれぞれが今を考え、行動する。だが戦ってきた隊員たち、先代たちがいて、今を作り上げてきたことを忘れてはいけない。そんなことを思わせてくれる作品だった。

最後に出演者のワッキーさんが、「この作品を伝えていかなければならないという気持ちで続けています」と話していた。

これからどんな未来にしたいのか、私自身も自分の人生を考えるきっかけになった。

大林さん、誘っていただき心から感謝します。ありがとうございました。

来年も見に行きたい。そう思えました。

(伊藤華英=北京、ロンドン五輪競泳代表)